・・・で、随分人をひやかすような口ぶりをする奴ですから、『殴るぞ』と尺八を構えて喝す真似をしますと、彼奴急に真面目になりまして、『修蔵様に是非見てもらいたいものがあるんだが見てくれませんか』と妙なことを言い出したのでございます。変に思いまして・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 「ケイズ釣に来て、こんなに晩くなって、お前、もう一ヶ処なんて、そんなぶいきなことを言い出して。もうよそうよ。」 「済みませんが旦那、もう一ヶ処ちょいと当てて。」と、客と船頭が言うことがあべこべになりまして、吉は自分の思う方へ船・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・朝顔を秋草というは、いつの頃から誰の言い出したことかは知らないが、梅雨あけから秋風までも味わせて呉れるこんな花もめずらしいと思う。わたしがこれを書いているのは九月の十二日だ。新涼の秋気はすでに二階の部屋にも満ちて来た。この一夏の間、わたしは・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・しかし私も、それを言い出してみるまでは落ちつかなかった。 ちょうど、三郎は研究所へ、末子は学校へ、二人とも出かけて行ってまだ帰らなかった時だった。次郎はもはや毎日の研究所通いでもあるまいというふうで、しばらく家にこもっていて描き上げた一・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・果して、弟は小間物屋の二階座敷におげんと差向いで、養生園というところへ行ってきたことを言い出した。江戸川の終点まで電車で乗って行くだけでもなかなか遠かったと話した。「それは御苦労さま。ゆうべもお前は遅くまで起きて俺の側に附いていてくれた・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 五 王女は、門や部屋がすっかり開いたので、もう御婚礼をするかと思いますと、また無理なことを言い出しました。「ではついででございますから命の水を一とびんと死の水を一とびんほしゅうございます。それを取りよせて下・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・こうなって来ると、浪曼的完成も、自分で言い出して置きながら、十分あやしいものである。とたんに声あり、そのあやしさをも、ひっくるめて、これを浪曼的完成と称するのである。 私は、ディレッタントである。物好きである。生活が作品である。しどろも・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・だしぬけに嘉七は、言い出した。「自分ばかり、いい子になろうと、しているのかね。」 声が大きかったので、かず枝はあわて、それから、眉をけわしくしかめて怒った。嘉七は、気弱く、にやにや笑った。「だけどもね、」おどけて、わざと必要以上に声・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・このように先生が鹿爪らしい調子でものを言い出した時には、私がすぐに手帖を出してそれを筆記しなければならぬ習慣になっていた。いちど私が、よせばいいのに、先生のご機嫌をとろうと思って、先生の座談はとても面白い、ちょっと筆記させていただきます、と・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・出入りの八百屋が言い出してからみんなジューちゃんというようになったそうである。自分は折々往来で自転車に乗って行くのを見かけた事がある。大きなからだを猫背に曲げて陰気な顔をしていつでも非常に急いでいる。眉の間に深い皺をよせ、血眼になって行手を・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
出典:青空文庫