・・・一同は言葉少なになって急ぎ足に歩いた。基線道路と名づけられた場内の公道だったけれども畦道をやや広くしたくらいのもので、畑から抛り出された石ころの間なぞに、酸漿の実が赤くなってぶら下がったり、轍にかけられた蕗の葉がどす黒く破れて泥にまみれたり・・・ 有島武郎 「親子」
・・・鸚鵡の一件で木村は初めてにがにがしい事情を知って、私に、それとなく、言葉少なに転宿をすすめ、私も同意して、二人で他の下宿に移りました。 木村は細長い顔の、目じりの長く切れた、口の小さな男で、背たけは人並みに高く、やせてひょろりとした上に・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・試みに想い候え、十蔵とは奸なる妻のために片目を失いし十蔵なり、妻なく子なく兄弟なく言葉少なく気重く心怪しき十蔵なり。二郎とはすなわち貴嬢こそよく知りたもう二郎なり。あわれこの二人は始めよりその運命を等しゅうすべきところありて黙々のうちその消・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・キュリー夫人の伝記は、殆どあらゆる若い人々によまれたのであるが、キュリー夫妻が、アメリカからの手紙でラジウムの特許をとるかとらないかという問題について言葉少なに相談しあった一九〇四年の春の或る日曜日の十五分間のねうちこそ、評価されなければな・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
出典:青空文庫