・・・ 当時所謂言文一致体の文章と云うものは専ら山田美妙君の努力によって支えられて居たような勢で有りましたが、其の文章の組織や色彩が余り異様であったために、そして又言語の実際には却て遠かって居たような傾もあったために、理知の判断からは言文一致・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・畢竟骨董はいずれも文字国の支那の文字であるが、文字の義からの文字ではなく、言語の音からの文字であって、文字は仮りものであるから、それに訓詁的のむずかしい理屈はない。 そんな事はどうでもいいが、とにかくに骨董ということは、貴いものは周鼎漢・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・生れ落るとから、唇の戦きほか言葉を持たずに来たものは、表し方に限りがなく、海のように深く、曙、黄昏が光りや影を写す天のように澄んだ眼の言語をならいました。唖は、自然が持っているような、寂しい壮麗さを持っているのです。其故、他の子供達は、スバ・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・まるきり言語の通ぜぬ外国人同士のようである。いつも女房の方が一足先に立って行く。多分そのせいで、女学生の方が、何か言ったり、問うて見たりしたいのを堪えているかと思われる。 遠くに見えている白樺の白けた森が、次第にゆるゆると近づいて来る。・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・てるは、その物腰の粗雑にして、言語もまた無礼きわまり、敬語の使用法など、めちゃめちゃのゆえを以て解雇されたのである。 美濃は、知らぬ振りをしていた。 三日を経て、夜の九時頃、美濃十郎は、てるの家の店先にふらと立っていた。「てるは・・・ 太宰治 「古典風」
・・・それ程込み入って、覚えていにくいような事ではない。言語挙動も役相応に見られるようになった。訪問すべき人を訪問して、滞留日数に応じて何本と極めてある手紙を出した跡は、自分の勝手な楽もする。段々鋭くなった目で観察もする。 しかし一つの恐怖心・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・特に言語などを機械的に暗記する事の下手な彼には当時の軍隊式な詰め込み教育は工合が悪かった。これに反して数学的推理の能力は早くから芽を出し初めた。計算は上手でなくても考え方が非常に巧妙であった。ある時彼の伯父に当る人で、工業技師をしているヤー・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ この困難を避けるにはできるだけ言語を節約するという方針が生まれる、そうして字幕との妥協が講究される。 言葉の節約によって始めて発見されたおもしろい事実は、発声映画によって始めて完全に「沈黙」が表現されうるということであった。無声映・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・芸術的洗練を経たる空想家の心にのみ味わるべき、言語にいい現し得ぬ複雑豊富なる美感の満足ではないか。しかもそれは軽く淡く快き半音下った mineur の調子のものである。珍々先生は芸者上りのお妾の夕化粧をば、つまり生きて物いう浮世絵と見て楽し・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・観客の言語服装と舞台の世界とは全然別種のもので、其間に何等の融和すべきものがない。これに加るに残暑の殊に烈しかった其年の気候はわたくしをして更に奇異なる感を増さしめる原因であった。オペラは欧洲の本土に在っては風雪最凛冽なる冬季にのみ興行せら・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
出典:青空文庫