・・・ 徴兵検査のときに係りの軍医が数えて帳面に記入したむし歯の数が自分のあらかじめ数えて行った数よりずっと多かったのでびっくりした。それが徴兵検査であっただけにそのびっくりはかなり複雑な感情の笹縁をつけたびっくりであったのである。 とう・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ただいちばん面食らわされるのは、東京付近などで年々新しく開設される電鉄軌道や自動車道路がその都度記入されていないことだけである。 東京付近へドライヴに出るとき気のついたことは、たいていの運転手が陸地測量部地形図を利用しないでかえって坊間・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・その間に我が親愛なる税関吏は止みなくチューインガムをニチャニチャ噛みながら品物を丹念に引出し引っくら返しては帳面に記入するのであった。アメリカ人にしても特別に長い方に属するかと思われるこの税関吏の顔は、チューインガムを歯と歯の間に引延ばすア・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・ 今年はある目的があって、陸地測量部五万分一地形図を一枚一枚調べて河川の流路を青鉛筆で記入し、また山岳地方のいわゆる変形地を赤鉛筆で記入することをやっている。河の流れをたどって行く鉛筆の尖端が平野から次第に谿谷を遡上って行くに随って温泉・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・色々記入する書式の中の宗教という項に神道と書いたら、それはどういう宗教だと聞かれて困った。ドイツ語がよく分らなくては講義を聴くのに困りはしないかと聞くから、なにじきに上手になりますと答えたら Na ! Sehen Sie mal zu. と・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・この時は実に余の名の記入初であった。なるべく丁寧に書くつもりであったが例に因ってはなはだ見苦しい字が出来上った。前の方を繰りひろげて見ると日本人の姓名は一人もない。して見ると日本人でここへ来たのは余が始めてだなと下らぬ事が嬉しく感ぜられる。・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・それからマリヤの夜の時間は家計簿の記入と中等教員選抜試験準備のためにつかわれて、朝の二時三時まで二つしか椅子のないキュリー夫婦の書斎での活動はつづきます。 一八九七年、マリヤは長女のイレーヌを生み、彼女の家庭生活と科学者としての生活は一・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・「三万五千五百八十四号ヲ以テ勲等簿冊ニ記入ス」 書院の袋戸棚 四枚の芭蕉布にぼんやり雪舟まがいの山水を書いたもの、ふたところ三ところ小菊模様の更紗でついであって、いずれも三水がくすぶっている。その上に 山静水音高 と書いた横・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
・・・ポケットに入れられたものはどんな小さいものもとり上げそれを記入した。そべてそれらは、プロレタリア革命の名誉のためになされたのである。 赤衛兵は、日にやけた屈托のない若い顔で、広場を眺め立っている。冬宮は今博物館となっている。 日本女・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・一人の方に、自分の所属団体の名と姓名を記入して貰う。次の小机で、作家たちは食券を買う。記入額は五留だ。だが、二留半払えばいい。半額なのだ。 若い元気のいい女が白い上っ被りをきて、白や赤の布で髪をつつんで、テキパキと給仕してくれる。どの皿・・・ 宮本百合子 「ソヴェト文壇の現状」
出典:青空文庫