・・・今それを一つずつ私の日記を参考として、出来るだけ正確に、ここへ記載して御覧に入れましょう。 第一は、昨年十一月七日、時刻は略午後九時と九時三十分との間でございます。当日私は妻と二人で、有楽座の慈善演芸会へ参りました。打明けた御話をすれば・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・し、自己の生活を統一するに実業家のごとき熱心を有し、そうしてつねに科学者のごとき明敏なる判断と野蛮人のごとき卒直なる態度をもって、自己の心に起りくる時々刻々の変化を、飾らず偽らず、きわめて平気に正直に記載し報告するところの人でなければならぬ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・十一時四十七分が月の南中する時刻と本暦には記載されています。私はK君が海へ歩み入ったのはこの時刻の前後ではないかと思うのです。私がはじめてK君の後姿を、あの満月の夜に砂浜に見出したのもほぼ南中の時刻だったのですから。そしてもう一歩想像を進め・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・ されば堯典記載の天文が、今日の科學的進歩の結果と相合はず、その十二宮、二十八宿を東西南北の相稱的位置に排列せることが、天文の實際にあはざることも、もとより當然のことなり。この堯典の記事は天文の實地觀測に立脚せるものには非ずして、占星思・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・文献にちゃんと記載されてあるのだ。 だぶりと水が動く。暗褐色のぬらりとしたものが、わずかに見えた。たしかだ。淀江村だ。いま見えたのは幅三尺の頭の一部にちがいない。私は窒息せんばかりに興奮した。見世物小屋から飛び出して、寒風に吹きまくられ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ 一日中に起った事柄の、どれを省略すべきか、どれを記載すべきか、その取捨の限度が、わからないのである。勢い、なんでもかでも、全部を書くことになって、一日かいて、もうへとへとになるのである。正確に書きたいと思うから、なるべくは眠りに落ちる・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・しかし国語や記載科学の素養が足りなかったので、しばらくアーラウの実科中学にはいっていた。わずかに十六歳の少年は既にこの時分から「運動体の光学」に眼を付け初めていたという事である。後年世界を驚かした仕事はもうこの時から双葉を出し初めていたので・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・教授用フィルムに簡単な幻燈でも併用すれば、従来はただ言葉の記載で長たらしくやっている地理学などの教授は、世界漫遊の生きた体験にも似た活気をもって充たされるだろう。そして地図上のただの線でも、そこの実景を眼の当りに経験すれば、それまでとはまる・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・それによると、S先生は子供の頃夏目先生の近所に住まっていていわゆるいたずら仲間であったらしく、その当時の色々ないたずらのデテールが非常に現実的に記載されているのであった。 夏目先生から自分はかつて一度もその幼時におけるS先生との交渉につ・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・舗道をあるくルンペンの靴音によって深更のパリの裏町のさびしさが描かれたり、林間の沼のみぎわに鳴く蛙や虫の声が悲劇のあとのしじまを記載するような例がそれである。 このような音のモンタージュは俳諧には普通である。有名な「古池やかわず飛び込む・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫