・・・それは彼が小作人の一人一人を招いて、その口から監督に対する訴訟と、農場の規約に関する希望とを聞き取っておく役廻りで、昨夜寝る時に父が彼に命令した仕事だった。小作人が次々に事務所をさして集まって来るのもそのためだったのだ。 事務所に薄ぼん・・・ 有島武郎 「親子」
・・・日頃が日頃で、ついぞ世話を焼かした事の無い、評判の児でござりまするから、今日の処は、源助、あの児になりかわりまして御訴訟。はい、気が小さいかいたして、口も利けずに、とぼんとして、可哀や、病気にでもなりそうに見えまするがい。」と揉手をする。・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・の運びにつれて目に映じて心に往来するものは、土橋でなく、流でなく、遠方の森でなく、工場の煙突でなく、路傍の藪でなく、寺の屋根でもなく、影でなく、日南でなく、土の凸凹でもなく、かえって法廷を進退する公事訴訟人の風采、俤、伏目に我を仰ぎ見る囚人・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・癖より病で――あるもの知りの方に承りましたのでは、訴訟狂とか申すんだそうで、葱が枯れたと言っては村役場だ、小児が睨んだと言えば交番だ。……派出所だ裁判だと、何でも上沙汰にさえ持ち出せば、我に理があると、それ貴客、代官婆だけに思い込んでおりま・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・というは馬喰町の郡代屋敷へ訴訟に上る地方人の告訴状の代書もすれば相談対手にもなる、走り使いもすれば下駄も洗う、逗留客の屋外囲の用事は何でも引受ける重宝人であった。その頃訴訟のため度々上府した幸手の大百姓があって、或年財布を忘れて帰国したのを・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そして夫婦別れごとに金のからんだ訴訟沙汰になるのは、われわれ東洋人にはどうも醜い気がする。何故ならそれだと夫婦生活の黄金時代にあったときにも、その誓いも、愛撫も、ささやきも、結局そんな背景のものだったのかと思えるからだ。 権利思想の発達・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・民事訴訟の紛紜、及び余り重大では無い、武士と武士との間に起ったので無い刑事の裁断の権能をもそれに持たせた。公辺からの租税夫役等の賦課其他に対する接衝等をもそれに委ねたのであった。実際に是の如き公私の中間者の発生は、栄え行こうとする大きな活気・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 親類に民事上の訴訟問題でも起りかかった場合に、われわれはある具体的の法律上の知識の概要を得ておきたくなる。そういう時に、もし百貨店で買物をした節に十分か十五分の時間と二円か三円の金を費やして要領を得ることが出来れば便利である。 わ・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・それにも係らず黙々として僕は一語をも発せず万事を山本さんに一任して事を済ませたのは、万一博文館が訴訟を提起した場合、当初出版の証人として木曜会会員の出廷を余儀なくせしむるに至らむ事を僕は憚った故である。博文館は既に頃日、同館とは殆三十年間交・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・一身一家の不始末はしばらくさしおき、これを公に論じても、税の収納、取引についての公事訴訟、物産の取調べ、商売工業の盛衰等を検査して、その有様を知らんとするにも、人民の間に帳合法のたしかなる者あらざれば、暗夜に物を探るが如くにして、これに寄つ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
出典:青空文庫