私達は、この社会生活にまつわる不義な事実、不正な事柄、その他、人間相互の関係によって醸成されつゝある詐欺、利欲的闘争、殆んど枚挙にいとまない程の醜悪なる事実を見るにつけ、これに堪えない思いを抱くのであるが、それがために、果して人間その・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・つまり一種の詐欺だからね。家賃を支払う意志なくして他人の家屋に入ったものと認められても仕方が無いことになるからね。そんなことで打込まれた人間も、随分無いこともないんだから、君も注意せんと不可んよ。人間は何をしたってそれは各自の自由だがね、併・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・(私の美に対する情熱が娘に対する情熱と胎を共にした双生児だったことが確かに信じられる今、私は窃盗に近いこと詐欺に等しいことをまだ年少だった自分がその末犯したことを、あなたにうちあけて、あとで困るようなことはないと思います。それ等は実に今・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・と云って、五十恰好の女が何時でも決まった時間に、市役所とか、税務署とか、裁判所とか、銀行とか、そんな建物だけを廻って歩いて、「わが夫様は米穀何百俵を詐欺横領しましたという――」きまった始まりで、御詠歌のように云って歩く「バカ」のいたのを。と・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・男の罪名は、結婚詐欺であった。不起訴ということになって、やがて出牢できたけれども、男は、そのときの検事の笑いを思うと、五年のちの今日でさえ、いても立っても居られません、と、やはり典雅に、なげいて見せた。男の名は、いまになっては、少し有名にな・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・古いどころか詐欺だった。しかし、今日に於いては最も新しい自由思想だ。十年前の自由と、今日の自由とその内容が違うとはこの事だ。それはもはや、神秘主義ではない。人間の本然の愛だ。アメリカは自由の国だと聞いている。必ずや、日本のこの真の自由の叫び・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・疑いもなく、詐欺師の眼である。嘘をついている人の眼を見ると、例外なく、このように、涙で薄く潤んでいるものである。「いいにおいが、ぷんぷんしますぞ、へえ。これが、クリイム。これが、うす赤。これが、白。」ひとりで何かと、しゃべっている。嘘つきは・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・私がダメな男であるか、おそらくは日本で何人と数えられるほどダメな男ではなかろうか、という事に就いて問題にされたのでありまして、その頃、私の代表作と言われていた詩集の題は、「われ、あまりに愚かしければ、詐欺師もかえって銭を与う」というのであり・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・私は無智驕慢の無頼漢、または白痴、または下等狡猾の好色漢、にせ天才の詐欺師、ぜいたく三昧の暮しをして、金につまると狂言自殺をして田舎の親たちを、おどかす。貞淑の妻を、犬か猫のように虐待して、とうとう之を追い出した。その他、様々の伝説が嘲笑、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・病気をして、そのとき、ほうぼうの友人たちに怪しい手紙を出してお金を借り、それが積り積って、二百円以上になって、私は五年後のいまでも、それをお返しすることができず、借りたお金を返さないのは、それは見事な詐欺なのであるが、友人たちは、私を訴える・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫