・・・グレートヘンである。評判の美人である。彼女は前庭の日なたで繭をにながら、実際グレートヘンのように糸繰車を廻していることがある。そうかと思うと小舎ほどもある枯萱を「背負枠」で背負って山から帰って来ることもある。夜になると弟を連れて温泉へやって・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・取りどりの評判。製作物を出した生徒は気が気でない、皆なそわそわして展覧室を出たり入ったりしている。自分もこの展覧会に出品するつもりで画紙一枚に大きく馬の頭を書いた。馬の顔を斜に見た処で、無論少年の手には余る画題であるのを、自分はこの一挙に由・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・、中に米ばかりを食って麦を食わない者が出来るのを妨ぐためではあろうが、畑からとれた麦を持っている農民が、その麦を売って、又麦を買うということは、中間商人に手間賃を稼がせるばかりで、いずれの農家でも頗る評判が悪かった。 それからまもなく、・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・こんな気持をもっているから、警察ではお前の母は一番おとなしくてしっかりしているというので「評判が良い」の。――今度のことでも、お前の母の表面の動作ではなくてその心持の裏に入りこんでみたら、それは只事ではないということはよく分る。だから頼りに・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・春俊雄は語呂が悪い蜆川の御厄介にはならぬことだと同伴の男が頓着なく混ぜ返すほどなお逡巡みしたるがたれか知らん異日の治兵衛はこの俊雄今宵が色酒の浸初め鳳雛麟児は母の胎内を出でし日の仮り名にとどめてあわれ評判の秀才もこれよりぞ無茶となりける・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・しかし、私も黙ってはいられなかったから、「お前のあばれ者は研究所でも評判だというじゃないか。」「だれが言った――」「弥生町の奥さんがいらしった時に、なんでもそんな話だったぜ。」「知りもしないくせに――」 次郎が私に向かっ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・その狐の顔がそこの家の若い女房におかしいほどそっくりなので、この近在で評判になった。女房の方では少しもそんなことは知らないでいたが、先達ある馬方が、饅頭の借りを払ったとか払わないとかでその女房に口論をしかけて、「ええ、この狐め」「何・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・長兄の顔は、線が細く、松蔦のようだと、これも家中の評判でありました。ふたり共、それをちゃんと意識していて、お酒に酔ったとき、掛合いで左団次松蔦の鳥辺山心中や皿屋敷などの声色を、はじめることさえ、たまにはありました。 そんなとき、二階の西・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・そこには最新の出来事を知っていて、それを伝播させる新聞記者が大勢来るから、噂評判の源にいるようなものである。その噂評判を知ることも、先ず益があって損のない事である。 この店に這入って据わると、誰でも自分の前に、新聞を山のように積み上げら・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・が、武蔵野のなごりの櫟の大並木の間からちらちらと画のように見えるころであったが、その櫟の並木のかなたに、貸家建ての家屋が五、六軒並んであるというから、なんでもそこらに移転して来た人だろうとのもっぱらの評判であった。 何も人間が通るのに、・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫