・・・が、試験場を出るが早いか、そんなことはけろりと忘れていた。 四一 金 僕は一円の金を貰い、本屋へ本を買いに出かけると、なぜか一円の本を買ったことはなかった。しかし一円出しさえすれば、僕が欲しいと思う本は手にはいるのに・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・それから、ゆったり試験場へ現れたのである。 試験場では、百人にあまる大学生たちが、すべてうしろへうしろへと尻込みしていた。前方の席に坐るならば、思うがままに答案を書けまいと懸念しているのだ。われは秀才らしく最前列の席に腰をおろし、少し指・・・ 太宰治 「逆行」
・・・女子大の校庭のあさましい垣のぞきをしたり、ミス何とかの美人競争の会場にかけつけたり、映画のニューフェースとやらの試験場に見学と称してまぎれ込んだり、やたらと歩き廻ってみたが、いない。 獲物は帰り道にあらわれる。 かれはもう、絶望しか・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・たとえば五穀の収穫や沿海の漁獲や採鉱冶金の業に関しては農林省管下にそれぞれの試験場や調査所などがあって「科学的政道」の一端を行なっており、疫病流行に関しては伝染病研究所や衛生試験所やその他いろいろの施設があり、風水旱害に関しても気象台や関係・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・僕は国語と修身は農事試験場へ行った工藤さんから譲られてあるから残りは九冊だけだ。四月五日 日南万丁目へ屋根換えの手伝え(にやられた。なかなかひどかった。屋根の上にのぼっていたら南の方に学校が長々と横わっているように見えた・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・そして私はその三年目、仕事の都合でとうとうモリーオの市を去るようになり、わたくしはそれから大学の副手にもなりましたし農事試験場の技手もしました。そして昨日この友だちのない、にぎやかながら荒さんだトキーオの市のはげしい輪転機の音のとなりの室で・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ * 試験の日、由子はお千代ちゃんを試験場の、青い小さい席のところまで送って行った。「勿論大丈夫だけれど、確かりね」 お千代ちゃんは、受け口の唇に笑を浮べながら合点をした。昼になった時、由子はパンを買・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
出典:青空文庫