・・・ 空想を失ってしまった詩人、早発性痴呆に陥った天才にも似ている! この空想はいつも私を悲しくする。その全き悲しみのために、この結末の妥当であるかどうかということさえ、私にとっては問題ではなくなってしまう。しかし、はたして、爪を抜かれた猫・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・「君は詩人だ!」と叫けんで床を靴で蹶たものがある。これは近藤といって岡本がこの部屋に入って来て後も一言を発しないで、唯だウイスキーと首引をしていた背の高い、一癖あるべき顔構をした男である。「ねエ岡本君!」と言い足した。岡本はただ、黙・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・君が面輪の美しき見れば花はみな君にぞある…… これは中世イタリーの詩人の句片だ。愛づらしと吾が思ふきみは秋山の初もみぢ葉に似てこそありつれ これは万葉の一歌人の歌だ。汝らの美しき娘たちを花・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・唐の時に温庭という詩人、これがどうも道楽者で高慢で、品行が悪くて仕様がない人でしたが、釣にかけては小児同様、自分で以て釣竿を得ようと思って裴氏という人の林に這入り込んで良い竹を探した詩がありまする。一径互に紆直し、茅棘亦已に繁し、という句が・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・刑死の人には、実に盗賊あり、殺人あり、放火あり、乱臣・賊子あると同時に、賢哲あり、忠臣あり、学者あり、詩人あり、愛国者・改革者もあるのである。これは、ただ目下のわたくしが、心にうかびでるままに、その二、三をあげたのである。もしわたくしの手も・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・それから、麻布霞町の方へ移って、山羊なぞを飼って見た事もあったが、これには余程詩人風の空想が混っていた。星野天知君は、その後鎌倉の方へ引き込まれた北村君から、その山羊を引き取った事がある。そして「どうも北村君には一杯嵌められました。子供をお・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・ ディオニシアスは、こんな乱暴な人でしたけれど、それと一しょに、一方には大層学問があり、色々の学者や詩人たちを、いつも側に集めていました。そして自分でもどんどん詩を作りました。 或ときディオニシアスは、フィロセヌスという学者が、自分・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
本職の詩人ともなれば、いつどんな注文があるか、わからないから、常に詩材の準備をして置くのである。「秋について」という注文が来れば、よし来た、と「ア」の部の引き出しを開いて、愛、青、赤、アキ、いろいろのノオトがあって、そ・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・それは夢を見る人の眼であって、冷たい打算的なアカデミックな眼でない、普通の視覚の奥に隠れたあるものを見透す詩人創造者の眼である。眼の中には異様な光がある。どうしても自分の心の内部に生活している人の眼である。」「彼が壇上に立つと聴衆はもう・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・星巌及び其社中の詩人は蓮塘と書し又杭州の西湖に擬して小西湖と呼んだ。星巌が不忍池十詠の中霽雪を賦して「天公調二玉粉一。装飾小西湖。」と言っているが如きは其一例である。維新の後星巌の門人横山湖山が既に其姓を小野と改め近江の郷里より上京し、不忍・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫