・・・婆さんは例の朗読調をもって「千八百四十四年十月十二日有名なる詩人テニソンが初めてカーライルを訪問した時彼ら両人はこの竈の前に対坐して互に煙草を燻らすのみにて二時間の間一言も交えなかったのであります」という。天上に在って音響を厭いたる彼は地下・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・哲学には論理的能力のみならず、詩人的想像力が必要である、そういう能力があるか否かは分らないといわれるのである。理においてはいかにも当然である、私もそれを否定するだけの自信も有ち得なかった。しかしそれに関らず私は何となく乾燥無味な数学に一生を・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・反キリストの詩人ニイチェの意味に於て、Ecce homo がまた同じく、キリスト教への魔教的冒涜を指示してゐるにちがひない。にもかかはらず、ニイチェこそは新しい時代の受難者、耶蘇キリストにまちがひなかつた。 ニイチェの著書は、おそら・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・そんな島は、媾曳の夜のように、水火夫たちを詩人にした。 今、第三金時丸は、その島々を眺めながらよろぼうていた。 コーターマスターは、「おもて」へ入った。彼は、騒がしい「おもて」を想像していた。 おもての中は、然し、静かであっ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ジュコーフスキーはロシアの詩人であるが、寧ろ翻訳家として名を成している。バイロンを多く訳しているが、それが妙に巧い。尤も当時のロシアは、其の社会状態が小バイロンを盛んに生んだ時代で、殊にジュコーフスキーの如きは、鉄中錚々たるものであったから・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・柿などというものは従来詩人にも歌よみにも見離されておるもので、殊に奈良に柿を配合するというような事は思いもよらなかった事である。余はこの新たらしい配合を見つけ出して非常に嬉しかった。或夜夕飯も過ぎて後、宿屋の下女にまだ御所柿は食えまいかとい・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 諷刺詩人としての小熊秀雄氏が、その時代には成長の道程にあった。童話にあらわれていた味は、生活的な成長から諷刺に転じて、小熊さんの鋭い反応性と或る正義感と芸術的野望とは、諷刺詩を領野として活躍しはじめた。 技術的に諷刺的表現の或る自・・・ 宮本百合子 「旭川から」
・・・ そう云う美しい女詩人が人を殺して獄に下ったのだから、当時世間の視聴を聳動したのも無理はない。 ―――――――――――――――――――― 魚玄機の生れた家は、長安の大道から横に曲がって行く小さい街にあった。所・・・ 森鴎外 「魚玄機」
・・・デネマルクの詩人は多くこの土地へ見えますよ。」「小説なんと云うものを読むかね。」 エルリングは頭を振った。「冬になると、随分本を読みます。だが小説は読みません。若い時は読みました。そうですね。マリイ・グルッベなんぞは、今も折々出して・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・ もっとも、この三つの点以外であげられている名人は、我々にはちょっと歯の立たない連中である。詩人では南禅寺の惟肖和尚が、二、三百年このかた、比べるもののない最一の作者とされている。平家がたりでは、千都検校が、昔より第一のもの、二、三百年・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫