・・・ 三、佐藤の作品中、道徳を諷するものなきにあらず、哲学を寓するもの亦なきにあらざれど、その思想を彩るものは常に一脈の詩情なり。故に佐藤はその詩情を満足せしむる限り、乃木大将を崇拝する事を辞せざると同時に、大石内蔵助を撲殺するも顧る所にあ・・・ 芥川竜之介 「佐藤春夫氏の事」
・・・それらの景色をばいい知れず美しく悲しく感じて、満腔の詩情を托したその頃の自分は若いものであった。煩悶を知らなかった。江戸趣味の恍惚のみに満足して、心は実に平和であった。硯友社の芸術を立派なもの、新しいものだと思っていた。近松や西鶴が残した文・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・だが、その原理の理説には、なにか人間らしいゆたかな詩情が欠けている。やさしい愛と慰藉とに欠けている。その心情的な飢渇がいやされなければ、頭脳的にわかったといっても、若い命を傾けつくして生きてゆきにくい。そういう声があるのである。 さらに・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・日本では男でさえ、詩情は青春の発露のように思い、またその程度の人生感銘の精神しかもたない例が多い。詩人らしいということは、線が細いと同義語のようにつかわれ、いくらか鋭い感受性といささかの主観のつよさと、早期の枯凋とを意味するとしたら、それは・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・ 放浪の詩情こそ、そのひとの文学の一管の笛である、という抒情的評価をかち得ているある作家は、日本の小市民の生活につきまとううらぶれとあてどない人生への郷愁の上に財をつんだ。そして、男の子を貰い、学習院に入学させている。「あすこは父兄が、・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・古めかしい平仮名で懇に書かれたそれ等の文句には、微に詩情を動かすものさえある。けれども、私がたんのうする迄いるには、案内役に立たれた永山氏が多忙すぎる。数日の中にジャに出発されるところなのだ。福済寺、大浦、浦上天主堂への紹介を得、宿に帰った・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・はなかった。しかし日清戦争前後に生活した一葉が描いている婦人の世界というものはどういうものであったろう。有名な「たけくらべ」は詩情に溢れた作品である。主人公達、少年少女としての朧ろな情感の境地は叙情的に、繊細に美しく描かれていて、独自な味い・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫