一、佐藤春夫は詩人なり、何よりも先に詩人なり。或は誰よりも先にと云えるかも知れず。 二、されば作品の特色もその詩的なる点にあり。詩を求めずして佐藤の作品を読むものは、猶南瓜を食わんとして蒟蒻を買うが如し。到底満足を得る・・・ 芥川竜之介 「佐藤春夫氏の事」
・・・彼の生来の詩的情熱は見る見るまたそれを誇張し出した。日本の戯曲家や小説家は、――殊に彼の友だちは惨憺たる窮乏に安んじなければならぬ。長谷正雄は酒の代りに電気ブランを飲んでいる。大友雄吉も妻子と一しょに三畳の二階を借りている。松本法城も――松・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ 恋愛 恋愛は唯性慾の詩的表現を受けたものである。少くとも詩的表現を受けない性慾は恋愛と呼ぶに価いしない。 或老練家 彼はさすがに老練家だった。醜聞を起さぬ時でなければ、恋愛さえ滅多にしたことはない。・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・云々の信号を掲げたということはおそらくはいかなる戦争文学よりもいっそう詩的な出来事だったであろう。しかし僕は十年ののち、海軍機関学校の理髪師に頭を刈ってもらいながら、彼もまた日露の戦役に「朝日」の水兵だった関係上、日本海海戦の話をした。する・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・乏しからず、何でも能く解って居るので、口巧者に趣味とか詩とか、或は理想といい美術的といい、美術生活などと、それは見事に物を言うけれど、其平生の趣味好尚如何と見ると、実に浅薄下劣寧ろ気の毒な位である、純詩的な純趣味的な、茶の湯が今日行われない・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・第一言い伝えの話が非常に詩的だし、期節はすがすがしい若葉の時だし、拵えようと云い、見た風と云い、素朴の人の心其のままじゃないか。淡泊な味に湯だった笹の香を嗅ぐ心持は何とも云えない愉快だ」「そりゃ東京者の云うことだろう。田舎に生活してる者・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・全く、詩的感激に他ならないと思うのです。 すべて、散文の裡に、若し、この詩的感激を見出さない記録があったなら、決してそれは芸術であり得ない。またこの革新的気分と、人生的の感激を有しないセンチメンタリズムが詩を綴っていたら詩の精神を有しな・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・という言葉は詩的に、センチメンタルに聞えるかも知れないが、民衆の利福を祈念するために、より正しい生活を人間の正義感に訴えて、地上に実現せしめんとする目的は、一片の空想的事実ではないのであります。 芸術に対しては、いろいろの見解が下される・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・ それであるからといって、この頃の子供達に、著るしく詩的空想が欠乏したという理由にはならないのであります。なぜなれば、もし彼等に月の世界がどういうところだかということを話したら、熱心になってその話をきくばかりでなく「どんな生物がそこに棲・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・田舎というところは、一種彼等には、詩的のところのようにすら思われていました。新鮮な空気と青々とした野菜と、そして広々とした野原とは、全く都会生活者には、そう思われるか知れない。けれど、そこに営まれつゝある生活は、別種のものではなかった。もっ・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
出典:青空文庫