・・・と思った時に無躾を詫びてしまえば好かった。そう云うことにも気づかなかったと云うのは……… 保吉は下宿へ帰らずに、人影の見えない砂浜へ行った。これは珍らしいことではない。彼は一月五円の貸間と一食五十銭の弁当とにしみじみ世の中が厭になると、・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・数馬は突然わたくしに先刻の無礼を詫びました。しかし先刻の無礼と申すのは一体何のことなのか、とんとわからぬのでございまする。また何かと尋ねて見ても、数馬は苦笑いを致すよりほかに返事を致さぬのでございまする。わたくしはやむを得ませぬゆえ、無礼を・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・という意味のことを云って寄越されたので、その手紙を後に滝田さんに見せると、之はひどいと云って夏目先生に詰問したので、先生が滝田さんに詫びの手紙を出された話があります。当時夏目先生の面会日は木曜だったので、私達は昼遊びに行きましたが、滝田さん・・・ 芥川竜之介 「夏目先生と滝田さん」
・・・クララはフランシスの明察を何んと感謝していいのか、どう詫びねばならぬかを知らなかった。狂気のような自分の泣き声ばかりがクララの耳にやや暫らくいたましく聞こえた。「わが神、わが凡て」 また長い沈黙がつづいた。フランシスはクララの頭に手・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・悪戯を詫びた私たちの心を汲んだ親雀の気の優しさよ。……その親たちの塒は何処?……この嬰児ちゃんは寂しそうだ。 土手の松へは夜鷹が来る。築土の森では木兎が鳴く。……折から宵月の頃であった。親雀は、可恐いものの目に触れないように、なるたけ、・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・肩、背ともいわず、びしびしと打ちのめして、(さあどうだ、お前、男を思い切るか、それを思い切りさえすれば復 と責めますのだそうでありまする、その苦しさが耐えられませぬ処から、 と息の下で詫びまする。それでは帰してやると言う、お・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ と、茶碗が、また、赤絵だったので、思わず失言を詫びつつ、準藤原女史に介添してお掛け申す……羽織を取入れたが、窓あかりに、「これは、大分うらに青苔がついた。悪いなあ。たたんで持つか。」 と、持ったのに、それにお米が手を添えて、・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・うちへ帰って早速母に詫びたけれど母は平日の事が胸にあるから、「何も十枚ばかりの蓆が惜しいではないけれど、一体私の言いつけを疎かに聞いているから起ったことだ。もとの民子はそうでなかった。得手勝手な考えごとなどしているから、人の言うことも耳・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・から計ると、前夜私の下宿へ来られて帰ると直ぐ認めて投郵したらしいので、文面は記憶していないが、その意味は、私のペン・ネエムは知っていても本名は知らなかったので失礼した、アトで偶っと気がついて取敢えずお詫びに上ったがお留守で残念をした、ドウカ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・和漢の稗史野乗を何万巻となく読破した翁ではあるが、これほど我を忘れて夢中になった例は余り多くなかったので、さしもの翁も我を折って作者を見縊って冷遇した前非を悔い、早速詫び手紙を書こうと思うと、山出しの芋掘書生を扱う了簡でドコの誰とも訊いて置・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
出典:青空文庫