・・・…… 出がけの意気組が意気組だから、それなり皈るのも詰りません。隙はあるし、蕎麦屋でも、鮨屋でも気に向いたら一口、こんな懐中合も近来めったにない事だし、ぶらぶら歩いて来ましたところが、――ここの前さ、お前さん、」 と低いが壁天井に、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・「大丈夫かい、あすこは渦を巻いているようだがね。」 欄干に頬杖したまま、紫玉は御幣を凝視めながら言った。「詰りませんわ、少し渦でも巻かなけりゃ、余り静で、橋の上を這っているようですもの、」 とお転婆の玉江が洒落でもないらしく・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・そして、下の暖炉の中には紙くずが詰まります。どうか私のお願いをきいてください。いつまでも冬のつづきますように……。なるたけ、あなたは、おそく歩いてくださるように。」と、煙突は、太陽に、身の上話をした後で、頼みました。 太陽は、あいかわら・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・もともと酒場遊びなぞする男ではなかったのだが、ある夜同僚に無理矢理誘われて行き、割前勘定になるかも知れないとひやひやしながら、おずおずと黒ビールを飲んでいる寺田の横に坐った時、一代は気が詰りそうになった。ところが、翌る日から寺田は毎夜一代を・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・「西鶴は『詰りての夜市』を書いているが、俺の外出は『詰りての闇市』だ」 そう自嘲しながら、難波で南海電車を降り、市電の通りを越えて戎橋筋の闇市を、雑閙に揉まれて歩いていたが、歌舞伎座の横丁の曲り角まで来ると、横丁に人だかりがしている・・・ 織田作之助 「世相」
・・・斯ういうように遠くから出掛けて来るということは誠に結構なことで、これが益々盛になれば自然日本の漁夫も遠洋漁業などということになるので、詰り強い奴は遠洋へ出掛けてゆく、弱い奴は地方近くに働いて居るという訳になるのだろう。 縄の他にどを以っ・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・悦気面に満ちて四百五百と入り揚げたトドの詰りを秋子は見届けしからば御免と山水と申す長者のもとへ一応の照会もなく引き取られしより俊雄は瓦斯を離れた風船乗り天を仰いで吹っかける冷酒五臓六腑へ浸み渡りたり それつらつらいろは四十七文字を按ずる・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・既に之を所有すれば其安全を謀り其用法を工夫し、世間の事情を察し又人の言を聞き、妄りに疑う可らず妄りに信ず可らず、詰り自分一人の責任にこそあれば、之に処するの法決して易からず。西洋諸国良家の女子には此辺の事に就て漠然たらざる者多しと言う。等閑・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・そうして宿屋を出る時は最早九時にも十時にもなって居る事があって詰り朝の涼い間をかえって宿屋で費し暑い盛りを歩かねばならぬような事になる。それは恐らく実験のない人には気の附かぬ事である。 余は行脚的旅行は多少の経験があるが、しかしこの紀行・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・――詰り、実際上の出来事と作品とを結びつけて読まれるのは、読む人に作品の理解がない限り、厭なことだ。 わたくしには、わたくしが女であるための煩いが多い。いまにだんだんそういう自分に超越して、変な目でわたくしのものを読む人にも平気になれる・・・ 宮本百合子 「感情の動き」
出典:青空文庫