・・・「きょうはあたしのお誕生日。」 保吉は思わず少女を見つめた。少女はもう大真面目に編み棒の先へ目をやっていた。しかしその顔はどう云うものか、前に思ったほど生意気ではない。いや、むしろ可愛い中にも智慧の光りの遍照した、幼いマリアにも劣ら・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ある時はお前たちの誕生を悪んだ。何故自分の生活の旗色をもっと鮮明にしない中に結婚なぞをしたか。妻のある為めに後ろに引きずって行かれねばならぬ重みの幾つかを、何故好んで腰につけたのか。何故二人の肉慾の結果を天からの賜物のように思わねばならぬの・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 一体三味線屋で、家業柄出入るものにつけても、両親は派手好なり、殊に贔屓俳優の橘之助の死んだことを聞いてから、始終くよくよして、しばらく煩ってまでいたのが、その日は誕生日で、気分も平日になく好いというので、髪も結って一枚着換えて出たので・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ そのうちに、ウイリイの十四の誕生が来ました。ウイリイは、その朝早く起きて窓の外を見ますと、家の戸口のまん前に、昨日までそんなものは何にもなかったのに、いつのまにか、きれいな小さな家が出来ていました。ふた親もおどろいて出て見ました。上か・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ 皇太子殿下、昭和八年十二月二十三日御誕生。その、国を挙げてのよろこびの日に、私ひとりは、先刻から兄に叱られ、私は二重に悲しく、やりきれなくていたのである。兄は、落ちつき払って、卓上電話を取り上げ、帳場に、自動車を言いつけた。私は、しめ・・・ 太宰治 「一燈」
・・・私もまた、幸福クラブの誕生を、最もよろこぶ者のひとりでございます。わが名は、狭き門の番卒、困難の王、安楽のくらしをして居るときこそ、窓のそと、荒天の下の不仕合せをのみ見つめ、わが頬は、涙に濡れ、ほの暗きランプの灯にて、ひとり哀しき絶望の詩を・・・ 太宰治 「喝采」
・・・思い出せば私が三つのとき、というような書きだしから、だらだらと思い出話を書き綴っていって、二歳一歳、しまいにはおのれの誕生のときの思い出を叙述し、それからおもむろに筆を擱いたら、それでよいのである。けれどもここに、姿勢の完璧を示そうか、情念・・・ 太宰治 「玩具」
・・・天才の誕生からその悲劇的な末路にいたるまでの長編小説であった。彼は、このようにおのれの運命をおのれの作品で予言することが好きであった。書きだしには苦労をした。こう書いた。――男がいた。四つのとき、彼の心のなかに野性の鶴が巣くった。鶴は熱狂的・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・罪、誕生の時刻に在り。 弐唱 段数漸減の法 だんだん下に落ちて行く。だんだん上に昇ったつもりで、得意満面、扇子をさっとひらいて悠々涼を納めながらも、だんだん下に落ちて行く。五段落して、それから、さっと三段あげる。人み・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・キリストの誕生に先だち、キリストの出現を言い当てた予言者。」「これは小さい声でいうことだが、僕は、ミケランジェロと老ダンテを思うと、からだがふるえる。それから、ニイチェ。」「僕は、ドストエフスキイの、白痴を読んだ。これこそ、野蛮人の作品とい・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
出典:青空文庫