・・・大概の絵からはある程度の真面目さがうかがわれ、ある程度の同情が誘発される。日本画部では好きなのが除外例であるのに反して洋画部では悪い方のが特に眼につく。これは私固有の趣味から生じる差別かもしれないがどうする事も出来ない。 ただ不思議に思・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・ バイオリンの音を出すのでも、弓と弦との摩擦という、言わば一つの争闘過程によって弦の振動が誘発されるとも考えられる。しかしそれは結局は弦の美しい音を出すための争闘過程であって、決して鋸の目立てのような、いかなる人間の耳にも不快な音を出す・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・すなわち、ある食物が鳥の食欲を刺激してそれを獲得するに必要な動作を誘発しうるためには単に嗅覚の刺激ばかりでは不充分であって、そのほかに視覚なりあるいは他の感覚なり、もう一つの副条件が具足することが肝要であるかもしれないのである。 あるい・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・ この場合に油膜の存在と摩擦の関係が明らかになったとしても、この場合の摩擦によって金だらいの規則正しい振動の誘発される機巧についてはまだよくわからないことがかなりに多く伏在しているのである。クラドニの実験や、またヴァイオリンの場合に松や・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・ 四 わが家に来て以来いちばん猫の好奇心を誘発したものはおそらく蚊帳であったらしい。どういうものか蚊帳を見ると奇態に興奮するのであった。ことに内に人がいて自分が外にいる場合にそれが著しかった。背を高くそびやかし耳・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・地質時代でもある時代におけるこうした環境条件が特に突然変異の誘発に好適であったために、特にその時代に新しい型式の生物が多数に発生したであろうということも想像できるのであるが、それと同じように文化的要素の進化の道程における突然変異もまたその時・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・それで、小田急線の往復切符は一種特別な比較的稀有な刺激としてそれに応ずる特別の動作を誘発するに過ぎないかもしれない。こういう考え方はしかし決して改札の駅員を侮辱するものではないので、すべての人間はある度まではある場合のある環境のもとにはやは・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・そうでなくても一つのものをよく玩味してその旨さが分かれば他のものへの食慾はおのずから誘発されるのである。沢山に並べた栗のいがばかりしゃぶらせるような教科書は明らかに汽車弁当に劣ること数等であろう。 一体「教えるためには教えない術が必要で・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・それが肉体の変化の直接の影響であるか、あるいは精神的変化が外界の刺戟に誘発されてそれがある程度まで肉体に反応しているのだか分らない。 厄年の厄と見做されているのは当人の病気や死とは限らない。家庭の不祥事や、事業の失敗や、時としては当人に・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・床屋で顔に剃刀をあてられる時もこれと似た場合で、この場合には危険の感じが笑いを誘発した。 年を取るに従って多少自分の内部の心理現象を内察する事を覚えてからはこの特殊な笑いの分析的の解説を求めようとした事は幾度あったかわからない。しかしそ・・・ 寺田寅彦 「笑い」
出典:青空文庫