・・・が、その相手は何かと思えば、浪花節語りの下っ端なんだそうだ。君たちもこんな話を聞いたら、小えんの愚を哂わずにはいられないだろう。僕も実際その時には、苦笑さえ出来ないくらいだった。「君たちは勿論知らないが、小えんは若槻に三年この方、随分尽・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ 上框に腰をかけていたもう一人の男はやや暫らく彼れの顔を見つめていたが、浪花節語りのような妙に張りのある声で突然口を切った。「お主は川森さんの縁のものじゃないんかの。どうやら顔が似とるじゃが」 今度は彼れの返事も待たずに長顔の男・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と昔語りに話して聞かせた所為であろう。ああ、薄曇りの空低く、見通しの町は浮上ったように見る目に浅いが、故郷の山は深い。 また山と言えば思出す、この町の賑かな店々の赫と明るい果を、縦筋に暗く劃った一条の路を隔てて、数百の燈火の織目か・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・嬉しいにつけても思いのたけは語りつくさず、憂き悲しいことについては勿論百分の一だも語りあわないで、二人の関係は闇の幕に這入ってしまったのである。 十四日は祭の初日でただ物せわしく日がくれた。お互に気のない風はしていても、手にせわしい・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 妻の母は心配そうな顔をしているが、僕のことは何にも尋ねないで、孫どもが僕の留守中にいたずらであったことを語り、庭のいちじくが熟しかけたので、取りたがって、見ていないうちに木のぼりを初め、途中から落ッこちたことなどを言ッつけた。子供は二・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ さらぬだに淡島屋の名は美くしい錦絵のような袋で広まっていたから、淡島屋の軽焼は江戸一だという評判が益々高くなって、大名高家の奥向きから近郷近在のものまで語り伝えてわざわざ馬喰町まで買いに来た。淡島屋のでなければ軽焼は風味も良くないし、・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・このことにかんしましてはマハン大佐もいまだ真理を語りません、アダム・スミス、J・S・ミルもいまだ真理を語りません。このことにかんして真理を語ったものはやはり旧い『聖書』であります。もし芥種のごとき信仰あらば、この山に移りてここよりか・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ 露子はつばめに、その船は赤い筋の入った船で、三本の高いほばしらがあることから、自分の見た記憶のままを、いちいち語り聞かせたのであります。 すると、つばめは、またくびをかしげて、この話を聞いていましたが、「その船なら、私はよく知・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・当人にしかおもしろくないような子供のころの話を、ポソポソと不景気な語り口で語ってみたところでしかたがない。嘘でなきゃあ誰も子供のころの話なんか聞くものかという気持だったから、自然相手の仁を見た下司っぽい語り口になったわけ、しかし、そんな語り・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 一番はしの家はよそから流れて来た浄瑠璃語りの家である。宵のうちはその障子に人影が写り「デデンデン」という三味線の撥音と下手な嗚咽の歌が聞こえて来る。 その次は「角屋」の婆さんと言われている年寄っただるま茶屋の女が、古くからいたその・・・ 梶井基次郎 「温泉」
出典:青空文庫