・・・――いや、この老婆に対すると云っては、語弊があるかも知れない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。この時、誰かがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、饑死をするか盗人になるかと云う問題を、改めて持出し・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・落魄れたといっては語弊があるが、それまでは緑雨は貧乏咄をしても黒斜子の羽織を着ていた。不味い下宿屋の飯を喰っていても牛肉屋の鍋を突つくような鄙しい所為は紳士の体面上すまじきもののような顔をしていた。が、壱岐殿坂時代となると飛白の羽織を着初し・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ピンピンしているのは、皆嘘の学者だと申しては語弊があるが、まあどちらかと云えば神経衰弱に罹る方が当り前のように思われます。学者を例に引いたのは単に分りやすいためで、理窟は開化のどの方面へも応用ができるつもりです。 すでに開化と云うものが・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・前に申す通り吾々の生命は――吾々と云うと自他を樹立する語弊はあるがしばらく便宜のために使用します――吾々の生命は意識の連続であります。そうしてどういうものかこの連続を切断する事を欲しないのであります。他の言葉で云うと死ぬ事を希望しないのであ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ そうすると、人間というものはそういう風に二通りを代表している――というと語弊があるかも知れませんが――二通りになるでしょう。其処です其処です、それをいわないと能く解らない。 それでこのヒューマン・レースの代表者という方から考えて、・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・否、小説ばかりじゃない、一体の人生観という奴が私にゃ然う思えるんだよ……思えると云うと語弊があるが、那様気がするのだ。どうも莫迦々々しくてね。だから作をする時にゃ、精神は非常に緊張させるけれども、心には遊びがある。丁度、撃劒で丁々と撃合って・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
出典:青空文庫