・・・しかしオイケンはこの矛盾はどっちかに片づけなければならず、また片づけらるべきものであるかのごとき語気で論じていたように記憶していますが――すなわちそういうように相反する事を同時に唱えておっては矛盾だから、モッと一纏めにして、意味のある生活を・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・もしも外国人の中に、日本語に通ずること最も巧みにして、談話の意味は勿論、その語気の微妙なる部分までも穎敏に解し得る者あるか、または日本人にして外国語を能くし、いかなる日本語にてもその真面目を外国語に写して毫も誤らざる者ありて、君らの談話を一・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ああこの語気の軽薄なることよ。私はこれを自ら言いて更にそを口にした事を恥じる。 私は次に宗教の精神より肉食しないことの当然を論じようと思う。キリスト教の精神は一言にして云わば神の愛であろう。神天地をつくり給うたとのつくるというような語は・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・これらはみんな畜産の、その教師の語気について、豚が直覚したのである。(とにかくあいつら二人は、おれにたべものはよこすが、時々まるで北極の、空のような眼をして、おれのからだをじっと見る、実に何ともたまらない、とりつきばもないようなきびしいここ・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・刺すように語気が迸った。「――宮本が、どこにつかまっているんです!」 さすがにためらった。口のうちで、「いつまでも勝手な真似はさせて置かないんだ」 ガラス窓からは晴れた四月の空と横丁の長屋の物干とが見える。腰巻、赤い子供の着・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・生来の陽気性と親ゆずりの鈍感性のため、獄中生活が一生を左右する程のききめをもたなかったから、さも親しそうに監獄の生活について話せると云っておられるが、全文に微妙な神経質さ、嫌悪、その反動としての皮肉的語気が仄見えている、彼女の矢張り監獄は辛・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・ 千鶴子の語気に希望が罩っていたので、はる子は黙って頷いた。恐らく日に幾人となく、そういう女や男に会う×は、十人が九人迄にそうやって、出世祝いの護符のような文句を与えているのだろう。効験をためすのは将来のことだ。今、彼女が必要なのは明日・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・と云ったに対し、母が、語気に威をつけ「私は、何にも思いかえしたのでもなんでもないんですよ。ちっとも、先に考えたことと、考えが変ったのじゃあありません。自分がわるかったとなどは、ちっとも思って居ないんです」 自分は、ハッとした。其・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・それは、答えというよりも、寧ろ、これでもまだ訊くか、と居直ったような語気で云われたのであった。 どうやら帰京して、上野駅で人を待つ用事が起った。待つ列車は青森発東北本線の上りで、夜の九時すぎにつく予定であった。 大混雑をぬけて出口に・・・ 宮本百合子 「みのりを豊かに」
・・・ この詞の意味よりも、下島の冷笑を帯びた語気が、いかにも聞き苦しかったので、俯向いて聞いていた伊織は勿論、一座の友達が皆不快に思った。 伊織は顔を挙げて云った。「只今のお詞は確に承った。その御返事はいずれ恩借の金子を持参した上で、改・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
出典:青空文庫