・・・視像の場合でももちろん錯覚によって甲のものを乙と誤認することは可能である。実際この錯覚を利用して、オーバーラップによる接枝法モンタージュで、ハンケチから白ばらを化成する。しかし音の場合はやや趣が違う。少なくもわれわれ目明きの世界においては、・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・薄暮の縁側の端居に、たまたま眼前を過ぎる一匹の蚊が、大空を快翔する大鵬と誤認されると同様な錯覚がはたらくのである。 いっそうおもしろいのは時間の逆行による世界像の反転である。いわゆるカットバックの技巧で過去のシーンを現在に引きもどすこと・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・自が専門とする部門が斯学全体の中の一小部分であることをいつか忘れてしまって、自分の立場から見ただけのパースペクティヴによって、自分の専門が学全体を掩蔽するその見掛け上の主観的視像を客観的実在そのものと誤認するような傾向を生ずる恐れが多分にあ・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・そうしていっそう難儀なことはその根本的な無知を自覚しないでほんとうはわからないことをわかったつもりになったりあるいは第二次以下の末梢的因子を第一次の因子と誤認したりして途方もない間違った施設方策をもって世の中に横車を押そうとするもののあるこ・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・そんな現象があるいは光り物と誤認されることがないとも限らない。尤も『土佐古今の地震』という書物に、著者寺石正路氏が明治三十二年の颱風の際に見た光り物の記載には「火事場の火粉の如きもの無数空気中を飛行するを見受けたりき」とあるからこれはまた別・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・それを、普通の学者は単に文学と科学とを混同して、甲の国民に気に入るものはきっと乙の国民の賞讃を得るにきまっている、そうした必然性が含まれていると誤認してかかる。そこが間違っていると云わなければならない。たといこの矛盾を融和する事が不可能にし・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ かくして百年以後にはじめて名を得たる蕪村はその俳句において全く誤認せられたり。多くの人は蕪村が漢語を用うるをもってその唯一の特色となし、しかもその唯一の特色が何故に尊ぶべきかを知らず、いわんや漢語以外に幾多の特色あることを知る者ほとん・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・青々の句はしっかりして居って或点で縦横自在であるが、時としてあまり自己の好む処に偏してへんてこな句を選みどうかすると極めて初心なる句を誤認して、極めて老成なる句となすような事がないでもない。これも真面目な強い方の句には誤りは少ないが軟か・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・が科学からおよそ遠い恋愛の秘術か何かを明かにした本だと誤認した読者たちが、その誤認にもかかわらずどしどし買って恐ろしい流行の現象をつくりあげた事実を回顧し、作家として三十代の流行作家が本質はそのようなものである、自身の流行にひかれて今日文学・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・それだとすると三人の同志たちは何によって同伴者的作家であるということを念頭においてのそのなぐりつけがやられるかのように誤認したのであろう。 これらの人々が、もし作品にあらわれた右翼的危険との闘争を一般同伴者的作家への突撃であるという風に・・・ 宮本百合子 「前進のために」
出典:青空文庫