・・・惣治は一本一本床の間の釘へかけて、価額表の小本と照し合わせていちいち説明して聴かせた。「この周文の山水というのは、こいつは怪しいものだ。これがまた真物だったら一本で二千円もするんだが、これは叔父さんさえそう言っていたほどだからむろんだめ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・何よりもK君は自分の感じに頼り、その感じの由って来たる所を説明のできない神秘のなかに置いていました。 ところで、月光による自分の影を視凝めているとそのなかに生物の気配があらわれて来る。それは月光が平行光線であるため、砂に写った影が、自分・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・詳しき説明は宇都宮時雄の君に請いたもうぞ手近なる。 いずこまで越したもうやとのわが問いは貴嬢を苦しめしだけまたかの君の笑壺に入りたるがごとし。かの君、大磯に一泊して明日は鎌倉まで引っ返しかしこにて両三日遊びたき願いに候えど――。われ、そ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・しかし幸福説は道徳的意識の深みと先験性とをどうしても説明し得ない。それは量的に拡がり得るが質的のインテンシチイにおいてはなはだ足らず、心奥の神秘を探究するのにいかにも竿が短かい。幸福主義は必ず結果主義と結びつき、動機を重んずる人格主義と対立・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・彼は絵の説明をした。「どれが鶴?」「これじゃ。――鶴は頸の長い鳥じゃ。」 子供は鶴を珍らしがって見いった。「ほんまの鶴はどんなん?」「そんな恰好でもっと大けいけんじゃ。」「それゃ、どこに居るん?」「金ン比羅さんに・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・僕がこの疑問に向ッて与うる説明は易々たるものだよ。曰くサ、「最も障碍の少き運動の道は必らず螺旋的なり」というので沢山サ。一体運動の法則を論じて見れば一点より他点までに移る最近径は前にもいッた通り直線に極ッてるのサ。ダガ物は直線に進まないよ。・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・学士も日課を済ましたところであったが、まだ机の前に立って何か生徒に説明していた。机の上には大理石の屑、塩酸の壜、コップなどが置いてあった。蝋燭の火も燃えていた。学士は手にしたコップをすこし傾げて見せた。炭素がその玻璃板の間から流れると、蝋燭・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・弟妹たちを呼び集めて、そのところを指摘し、大声叱咤、説明に努力したが、徒労であった。弟妹たちは、どうだか、と首をかしげて、にやにや笑っているだけで、一向に興奮の色を示さぬ。いったいに、弟妹たちは、この兄を甘く見ている。なめている風がある。長・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 理由を説明するのがつらかった。いや口をきくのも厭なのだ。 「この車に乗っちゃいかん。そうでなくってさえ、荷が重すぎるんだ。お前は十八聯隊だナ。豊橋だナ」 うなずいてみせる。 「どうかしたのか」 「病気で、昨日まで大石橋・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・それで重力の秘密は自明的に解釈されると同時に古い力学の暗礁であった水星運動の不思議は無理なしに説明され、光と重力の関係に対する驚くべき予言は的中した。もう一つの予言はどうなるか分らないが、ともかくも今まで片側だけしか見る事の出来なかった世界・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫