・・・本義などという者は到底面白きものならねば読むお方にも退屈なれば書く主人にも迷惑千万、結句ない方がましかも知らねど、是も事の順序なれば全く省く訳にもゆかず。因て成るべく端折って記せば暫時の御辛抱を願うになん。 凡そ形あれば茲に意あ・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・ すべて女の手紙を読むには、行の間を読まなくてはならない。眼光紙背に徹せなくてはならない。ピエエル・オオビュルナンは得意の作の中にこう書いた事がある。「女の手紙の意味は読んで知れるものでは無い。推測しなくてはならない。たいていわざと言わ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・の戯れに非るはこれを読む者誰かこれを知らざらん。しかるをなお強いて「戯れに」と題せざるべからざるもの、その裏面には実に万斛の涕涙を湛うるを見るなり。吁この不遇の人、不遇の歌。 彼と春岳との関係と彼が生活の大体とは『春岳自記』の文に詳なり・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・それにすぐ古くさい歌やなんか思い出すしまた歌など詠むのろのろしたような昔の人を考えるからどうもいやだ。そんなことがなかったら僕はもっと好きだったかも知れない。誰も桜が立派だなんて云わなかったら僕はきっと大声でそのきれいさを叫んだかも知れない・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 云いかえれば、今日これからの問題は、私たち婦人にとって、又日本の全人民にとって「読むために書かれている」のではなくて、事実の性質とその解決の方向を明らかにして、たとえ半歩なりともその方へ歩き出すための矢じるしの一つとして、書かれている・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ この男の語るところによれば、かれはそれを途上で拾ったが、読むことができないのでこれを家に持ち帰りその主人に渡したものである。 このうわさがたちまち近隣に広まった。アウシュコルンの耳にも達した。かれは直ちに家を飛びだしてこの一条の物・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ 朝日の灰の翻れるのを、机の向うへ吹き落しながら読む。顔はやはり晴々としている。 唐紙のあっちからは、はたきと箒との音が劇しく聞える。女中が急いで寝間を掃除しているのである。はたきの音が殊に劇しいので、木村は度々小言を言ったが、一日・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・殊に、作家の顔がその作物を読む場合に浮び出しては、おしまいである。田舎にいてまだ人に知られていない作者で、よく文壇を動かすことのあるとき、都会へ出て来ても依然として動かしつづけているとしたら、よほどまれなその者は人物だと見てもよいと思う。・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・「小説なんと云うものを読むかね。」 エルリングは頭を振った。「冬になると、随分本を読みます。だが小説は読みません。若い時は読みました。そうですね。マリイ・グルッベなんぞは、今も折々出して見ますよ。ヤアコップセンは好きですからね。どう・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・もうこれで十遍も読むのである。この手紙の慌てたような、不揃いな行を見れば見る程、どうも自分は死にかかっている人の所へ行くのではないかと思うような気がする。そこで気分はいよいよ悪くなる。弟は自分より七年後に、晩年の父が生ませた子である。元から・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫