・・・ヴァレリイが俗っぽくみえるのはあなたの『逆行』『ダス・ゲマイネ』読後感でした。然し、ここには近代青年の『失われたる青春に関する一片の抒情、吾々の実在環境の亡霊に関する、自己証明』があります。然し、ぼくは薄暗く、荒れ果てた広い草原です。ここか・・・ 太宰治 「虚構の春」
小説と云うものは、本来、女子供の読むもので、いわゆる利口な大人が目の色を変えて読み、しかもその読後感を卓を叩いて論じ合うと云うような性質のものではないのであります。小説を読んで、襟を正しただの、頭を下げただのと云っている人・・・ 太宰治 「小説の面白さ」
・・・という小説の所謂読後感を某文芸雑誌に発表しているのを読んだことがあるけれども、その頭の悪さに、私はあっけにとられ、これは蓄膿症ではなかろうか、と本気に疑ったほどであった。大学教授といっても何もえらいわけではないけれども、こういうのが大学で文・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・そんな訳であるから、この一篇は畢竟思い付くままの随筆であって、もとより論文でもなく、考証ものでもなく、むしろ一種の読後感のようなものに過ぎない。この点あらかじめ読者の諒解を得ておかなければならないのである。 西鶴の人についてもあまりに何・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・全篇の読後感は、作者が非常に熱心に目を放さず葉子の矛盾の各場面に駈けつけてそれを描いているが、葉子という一箇の女と当時の社会的な事情との相互関係から生じる深刻な摩擦については、比較的常識的な見方で終っている。葉子の悲劇を解くためには、葉子が・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・あの小説よかったわ、というひとたちに向って、いちいちその読後感のよりどころをたしかめようとしたら、おそらく答えさせられるひとは迷惑しか感じないのではなかろうか。だって、よかったんですもの。――「凱旋門」のなかには、その人たちの生活感情の・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・何故なら、以上の諸作品が、それぞれの作家にとって自信あるものでないことは誰の読後感においても明らかなことであるから。ただ、これらの沢山の小説のほとんど全部を芸術的に弱い作品たらしめている原因を観察すると、こんにちの文学の問題としてある疑問が・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・小説の普通の真面目な読者は、その感想にスタイルこそ整えていないが、常にここへ自然な読後感をもってゆくのである。 伊藤氏が健全な人間的作家としての野望を抱く現代青年の心的事実の代弁者であるならば、小樽の街上を袂を翼に舞ったり下ったりする戯・・・ 宮本百合子 「数言の補足」
・・・ 日本画家の芸術家としての内部生活の限界とでもいうようなものにふれて、様々の読後感に打たれた。 一かどの芸術家は、男女によらずだれしも或る強情さ、一途さ、意志のつよさ、人生への負けじ魂をもっている。それは人間的な素地として、其々・・・ 宮本百合子 「「青眉抄」について」
・・・現場の労働者によってかかれたらしいこの記録が、もっと各現場組合の文学的能力を生かしていたら、どんなに浸透的で永続する読後感を一般の読者に印象づけることができただろうかと、残念に思った。強い組合から新しい作家がより多くでる傾向があるといわれて・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
出典:青空文庫