・・・が、不思議にも、そう云う生活のあい間には、必ずひとり法華経を読誦する。しかも阿闍梨自身は、少しもそれを矛盾だと思っていないらしい。 現に今日、和泉式部を訪れたのも、験者として来たのでは、勿論ない。ただこの好女の数の多い情人の一人として春・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・ 僕はかの観音経を読誦するに、「彼の観音力を念ずれば」という訓読法を用いないで、「念彼観音力」という音読法を用いる。蓋し僕には観音経の文句――なお一層適切に云えば文句の調子――そのものが難有いのであって、その現してある文句が何事を意味し・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ やがて、読誦の声を留めて、「お志の御回向はの。」「一同にどうぞ。」「先祖代々の諸精霊……願以此功徳無量壇波羅蜜。具足円満、平等利益――南無妙……此経難持、若暫持、我即歓喜……一切天人皆応供養。――」 チーン。「あり・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・要品を読誦する程度の智識では、説教も済度も覚束ない。「いずれ、それは……その、如是我聞という処ですがね。と時に、見附を出て、美佐古はいかがです。」「いや。」「これは御挨拶。」 いきな坊主の還俗したのでもないものが、こはだの鮨・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 十月八日病革まるや、日昭、日朗以下六老僧をきめて懇ろに滅後の弘経を遺嘱し、同じく十八日朝日蓮自ら法華経を読誦し、長老日昭臨滅度時の鐘を撞けば、帰依の大衆これに和して、寿量品の所に至って、寂然として、この偉大なたましいは、彼が一生待ち望・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・案内者はまだ何年何月何日の続きを朗らかに読誦している。 カーライルまた云う倫敦の方を見れば眼に入るものはウェストミンスター・アベーとセント・ポールズの高塔の頂きのみ。その他幻のごとき殿宇は煤を含む雲の影の去るに任せて隠見す。「倫敦の・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・僧侶たちが、仏を礼讃する心持ちにあふれながら読誦するありがたいお経は、再び徐々に、しかし底力強く、彼らの血を湧き立たせないではおかないのである。彼らの心には、絶大微妙な仏力に対する帰依の念が、おいおい高まって来る。そうしてそれは音楽が与える・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫