・・・ 担架は調子好く揺れて行く。それがまた寝せ付られるようで快い。今眼が覚めたかと思うと、また生体を失う。繃帯をしてから傷の痛も止んで、何とも云えぬ愉快に節々も緩むよう。「止まれ、卸せ! 看護手交代! 用意! 担え!」 号令を掛けた・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ それから四十九日が済んだという翌くる日の夕方前、――丁度また例の三百が来ていて、それがまだ二三度目かだったので、例の廻り冗い不得要領な空恍けた調子で、並べ立てていた処へ、丁度その小包が着いたのであった。「いや私も近頃は少し脳の加減を悪・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 耳の敏い事は驚く程で、手紙や号外のはいった音は直ぐ聞きつけて取って呉れとか、広告がはいってもソレ手紙と云う調子です。兎に角お友達から来る手紙を待ちに待った様子で有りました。こんな訳で、内証言は一つも言えませんから、私は医師の宅まで出か・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・しかしその少し強制がましい調子のなかには、自分の持っている欲望を、言わば相手の身体にこすりつけて、自分と同じような人間を製造しようとしていたようなところが不知不識にあったらしい気がする。そして今自分の待っていたものは、そんな欲望に刺戟されて・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・として、綱雄などのなかなか及ぶところでないと独り語つ。光代は傍に聞いていたりしが、それでもあの綱雄さんは、もっと若くって上品で、沈着いていて気性が高くって、あの方よりはよッぽどようござんすわ。と調子に確かめて膝押し進む。ホイ、お前の前で言う・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・と突然鸚鵡が間のぬけた調子で鳴いたので、「や、こいつは奇体だ、樋口君、どこから買って来たのだ、こいつはおもしろい」と、私はまだ子供です、実際おもしろかった、かごのそばに寄ってながめました。「うん、おもしろい鳥だろう」と、樋口はさびし・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・剣鞘で老人の尻を叩いている男に、さきの一人が思い切った調子で云った。それは栗島だった。「どっか僕が偽せ札をこしらえた証拠が見つかりましたか?」「まあ待て!」伍長は栗島を振りかえった。「このヨボが僕に札を渡したって云っていましたか。」・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・それが今日の今のような調子合だ。妙なところに夫は坐り込んだ。細工場、それは土間になっているところと、居間とが続いている、その居間の端、一段低くなっている細工場を、横にしてそっちを見ながら坐ったのである。仕方がない、そこへ茶をもって行った。熱・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ ないことに、検事がそんな調子でお世辞を云った。「ウ、ウン、元気さ。」 俺はニベもなく云いかえした。――が、フト、ズロースの事に気付いて俺は思わずクスリと笑った。然し、その時の俺の考えの底には、お前たちがいくら俺たちを留置場へ入・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ と、自分は馴々敷い調子で言った。男は自分の思惑を憚るかして、妙な顔して、ただもう悄然と震え乍ら立って居る。「何しろ其は御困りでしょう。」と自分は言葉をつづけた。「僕の家では、君、斯ういう規則にして居る。何かしら為て来ない人には、決・・・ 島崎藤村 「朝飯」
出典:青空文庫