・・・ 炊事場は、古い腐った漬物の臭いがした。それにバターと、南京袋の臭いがまざった。 調理台で、牛蒡を切っていた吉永が、南京袋の前掛けをかけたまま入口へやって来た。 武石は、ぺーチカに白樺の薪を放りこんでいた。ぺーチカの中で、白樺の・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・またそれらのものの比較的新鮮なものが手に入りやすいこと、あるいは手に入りやすいような所に主要な人口が分布されたこと、その事実の結果が食物の調理法に特殊な影響を及ぼしているかと思われる。よけいな調味で本来の味を掩蔽するような無用の手数をかけな・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・先生は海鼠腸のこの匂といい色といいまたその汚しい桶といい、凡て何らの修飾をも調理をも出来得るかぎりの人為的技巧を加味せざる天然野生の粗暴が陶器漆器などの食器に盛れている料理の真中に出しゃばって、茲に何ともいえない大胆な意外な不調和を見せてい・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・「見計らって調理えろと云えば好いじゃないか」「ところが当人見計らうだけに、御菜に関して明瞭なる観念がないのだから仕方がない」「それじゃ君が云い付けるさ。御菜のプログラムぐらい訳ないじゃないか」「それが容易く出来るくらいなら苦・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・本日たまたま中元、同社、手から酒肴を調理し、一杯をあげて、文運の地におちざるを祝す。 慶応四年戊辰七月慶応義塾同社 誌 福沢諭吉 「中元祝酒の記」
・・・人間衛生の事なり、活計の事なり、社会の交際、一人の行状、小は食物の調理法より大は外国の交際に至るまで千差万別、無限の事物を僅々数年間の課業をもって教うべきに非ず、学ぶべきに非ず。たとえ、その一部分にてもこれを教えて完全ならしめんとするときは・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・第二、立ったまま、洗物も、調理も出来ること。第三、窓を多く、壁、天井は真白で、充分の燈火を持つこと。第四、大きい卓子を置き、傍に瓦斯ストーブ、コンロ、アメリカ辺でやっているように、平常は調理台に使う卓子の、上板をはねると、洗濯桶・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ものを拵えて食べているより、モスクワでは既に出来ているが、大きな厨房工場、台所工場、そこで科学的に原料を調べて、この牛肉は何時に殺した肉だから、何時間後に何分煮て食べたら美味いかということまで調べて、調理し、そういうものを安く食べさせる。そ・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・たとえば、これから半年の間に、どんな食物がどんなに増したり減ったり調理を工夫されたか、よろこんで食べられたか或はそうでないかということを注意して見るのです。「お昼は栄養を考慮したお菜ですが近頃では国策に応じて代用食や節米料理が多いようです」・・・ 宮本百合子 「ルポルタージュの読後感」
出典:青空文庫