・・・それほど、私が閣下の御留意を請いたいと思う事実には不可思議な性質が加わっているのでございます。ですから、私は以上のお願いを敢て致しました。猶これから書く事も、あるいは冗漫の譏を免れないものかも知れません。しかし、これは一方では私の精神に異状・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・ ――今朝も、その慈愛の露を吸った勢で、謹三がここへ来たのは、金石の港に何某とて、器具商があって、それにも工賃の貸がある……懸を乞いに出たのであった―― 若いものの癖として、出たとこ勝負の元気に任せて、影も見ないで、日盛を、松並木の・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ と、あわれみを乞いつつ言った。 不気味に凄い、魔の小路だというのに、婦が一人で、湯帰りの捷径を怪んでは不可い。……実はこの小母さんだから通ったのである。 つい、の字なりに畝った小路の、大川へ出口の小さな二階家に、独身で住って、・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 聞くのみにてはあき足らざらんか、主翁に請いて一室に行け。密閉したる暗室内に俯向き伏したる銀杏返の、その背と、裳の動かずして、あたかもなきがらのごとくなるを、ソト戸の透より見るを得べし。これ蓋し狂者の挙動なればとて、公判廷より許されし、・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ その翌日、午前中に、吉弥の両親はいとま乞いに来た。僕が吉弥をしかりつけた――これを吉弥はお袋に告げたか、どうか――に対する挨拶などは、別になかった。とにかく、僕は一種不愉快な圧迫を免れたような気がして、女優問題をもなるべく僕の心に思い・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・デンマークは和を乞いました、しかして敗北の賠償としてドイツ、オーストリアの二国に南部最良の二州シュレスウィヒとホルスタインを割譲しました。戦争はここに終りを告げました。しかしデンマークはこれがために窮困の極に達しました。もとより多くもない領・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・そして戸ごとの軒下にたたずんで、哀れな声で情けを乞いました。けれど、この二人のものをあわれんで、ものを与えるものもなければ、また優しい言葉をかけてくれるものもありませんでした。「やかましい、あっちへゆけ。」と、どなるものもあれば、ま・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・中へ入って助けを乞いますと、小舎の中には、おばあさんと娘が二人きりで、いろりに火をたいて、そのそばで仕事をしていたのであります。 宝石商は、自分は旅のもので野原の中で道を迷ってしまって、やっとの思いでここまできたのであるが、一夜泊めても・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・弟の三郎は、姉がかわいそうになりましたので、ともに母親のたもとにすがって許しを請いましたけれど、母親はついに許さなかったばかりでなく、娘を家から外へ追い出してしまいました。「そんなに家へ入りたければ、逃げた鳥を探して捕まえてくるがいい。・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・私のようなことを言って救いを乞いに廻る者も希しくないところから、また例のぐらいで土地の者は対手にしないのだ。 私は途方に晦れながら、それでもブラブラと当もなしに町を歩いた。町外れの海に臨んだ突端しに、名高い八幡宮がある。そこの高い石段を・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫