・・・「……諏訪――の海――水底、照らす、小玉石――手には取れども袖は濡さじ……おーもーしーろーお神楽らしいんでございますの。お、も、しーろし、かしらも、白し、富士の山、麓の霞――峰の白雪。」「それでは、お富士様、お諏訪様がた、お目か・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 古来有名なる、岩代国会津の朱の盤、かの老媼茶話に、奥州会津諏訪の宮に朱の盤という恐しき化物ありける。或暮年の頃廿五六なる若侍一人、諏訪の前を通りけるに常々化物あるよし聞及び、心すごく思いけるおり、又廿五六なる若侍来る。好き連と・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 雨がやんで、夫は逃げるようにそそくさと出かけ、それから三日後に、あの諏訪湖心中の記事が新聞に小さく出ました。 それから、諏訪の宿から出した夫の手紙も私は、受取りました。「自分がこの女の人と死ぬのは、恋のためではない。自分は、ジ・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ けれども、やがて、上の姉さんが諏訪法性の御兜の如くうやうやしく家宝のモオニングを捧げ持って私たちの控室にはいって来た時には、大隅君の表現もまんざらでなかった。かれは涙を流しながら笑っていた。・・・ 太宰治 「佳日」
・・・連句でもたとえば、「入りごみに諏訪の涌湯の夕まぐれ」「中にもせいの高い山ぶし」は全くこの手法によったものである。 映画で同時に別々の場所で起こっている事がらの並行的なモンタージュによって特殊の効果を収める。「餅作るならの広葉を打ち合わせ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ それからこの夏八月始めて諏訪湖畔を汽車で通りました、知人に諏訪の人が数人あるので特に興味があって汽車の窓から風景や民家の様式などに注意して見て来ました、あの辺の家屋の屋根の形や色の配合などの与える一種特別な感じがありますがその感じの中・・・ 寺田寅彦 「書簡(1[#「1」はローマ数字1、1-13-21])」
・・・ 諏訪湖畔でも山麓に並んだ昔からの村落らしい部分は全く無難のように見えるのに、水辺に近い近代的造営物にはずいぶんひどく損じているのがあった。 可笑しいことには、古来の屋根の一型式に従ってこけら葺の上に石ころを並べたのは案外平気でいる・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・丘阜に接するあたりの村は諏訪田とよばれ、町に近いあたりは菅野と呼ばれている。真間川の水は菅野から諏訪田につづく水田の間を流れるようになると、ここに初て夏は河骨、秋には蘆の花を見る全くの野川になっている。堤の上を歩むものも鍬か草籠をかついだ人・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・あすこをもっと行くと諏訪の森の近くに越後様という殿様のお邸があった。あのお邸の中に桑木厳翼さんの阿母さんのお里があって鈴木とかいった。その鈴木の家の息子がおりおり僕の家へ遊びに来たことがあった。 僕の家の裏には大きな棗の木が五六本もあっ・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・ 蕪村の句の理想と思しきものを挙ぐれば河童の恋する宿や夏の月湖へ富士を戻すや五月雨名月や兎のわたる諏訪の湖指南車を胡地に引き去る霞かな滝口に燈を呼ぶ声や春の雨白梅や墨芳ばしき鴻臚館宗鑑に葛水たまふ大臣かな・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫