・・・帰宿って夕飯の時、ゆるゆる論ずる事にしよう。」「サア帰ろう!」と甲は水力電気論を懐中に押こんだ。 かくて仲善き甲乙の青年は、名ばかり公園の丘を下りて温泉宿へ帰る。日は西に傾いて渓の東の山々は目映ゆきばかり輝いている。まだ炎熱いので甲・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・そこで天下の窯器を論ずる者は、唐氏凝菴の定鼎を以て、海内第一、天下一品とすることに定まってしまった。実際無類絶好の奇宝であり、そして一見した者と一見もせぬ者とに論なく、衆口嘖しゅうこうさくさくとしていい伝え聞伝えて羨涎を垂れるところのもので・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・さてそれから螺旋でこの生物を論ずると死生の大法が分るから、いよいよ大発明の大哲学サ、しッかりしてきかないと分らないよ。一体全体何んでもドンゾコまで分ッてる世界ではない。人間の智慧でドンゾコまで分るものだかどうだか知れないのサ。人間の・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・これは、わたくし自身が論ずべきかぎりではなく、また論ずる自由をもってはいない。ただ死刑ということ、そのことは、わたくしにとって、なんでもない。 思うに、人に死刑にあたいするほどの犯罪があるであろうか。死刑は、はたして刑罰として当をえたも・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 故に今の私に恥ずべく忌むべく恐るべき者ありとせば、其は死刑に処せらるちょうことではなくて、私の悪人たり罪人たるに在らねばならぬ、是れ私自身に論ずべき限りでなく、又た論ずるの自由を有たぬ。唯だ死刑ちょうこと、其事は私に取って何でもない。・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・もしそうであるなら、私にはまだ人生観を論ずる資格はない。なぜならば、私の実行的人生に対する現下の実情は、何らの明確な理想をも帰結をも認め得ていないからである。人生の目的は何であろうか。われらが生の理想とすべきものは何であろうか。少しもわかっ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・人ありて、菊池寛氏のダス・ゲマイネのかなしさを真正面から見つめ、論ずる者なきを私はかなしく思っている。さもあらばあれ、私の小説「ダス・ゲマイネ」発表数日後、つぎの如き全く差出人不明のはがきが一枚まい込んで来たのである。 うつしみに・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・その害の一端のみを見てただちにそのものの無用を論ずるのは、あまりにあさはかな量見であるかもしれない。 蠅がばいきんをまきちらす、そうしてわれわれは知らずに、年中少しずつそれらのばいきんを吸い込みのみ込んでいるために、自然にそれらに対する・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・それで映画を論ずる場合に映画の技術に関する科学的の基礎と、その主要なテクニークについて一通りの解説をするのが順序であるが、この一編の限られた紙数の中にこれを述べている余地がないから、ここではいっさいこれらを省略する。しかし大多数の読者がこの・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 遊里の存亡と公娼の興廃の如きはこれを論ずるに及ばない。ギリシャ古典の芸術を尊むがために、誰か今日、時代の復古を夢見るものがあろう。甲戌十二月記 永井荷風 「里の今昔」
出典:青空文庫