・・・の空気のなかで、出版界は、藤村の書く地味な小説などに興味を抱かない時代だというのが、藤村のその時代への感覚の一面であったのだろうと思う。 さりとて漱石のように「吾輩は猫である」の諧謔諷刺や「倫敦塔」の幻想のなかへ身を置こうともしないで、・・・ 宮本百合子 「作家と時代意識」
・・・のなかではそれでも一抹の諧謔的笑いが響いているが、「三四郎」の美禰子と三四郎との感情交錯を経て「道草」の健三とその妻との内的いきさつに進むと、漱石の態度は女は度し難いと男の知的優越に立って揶揄しているどころではなくなって来ている。「行人」の・・・ 宮本百合子 「漱石の「行人」について」
・・・間に軽い諧謔さえ混ぜる。おどけながら、父は頻りに手巾を出して鼻をかんだ。その度に、やっと笑っている私は、幾度か歔り上げて泣き出しそうに成った。 翌日、御骨は羽二重の布に包まれて戻って来た。それを広間の祭壇に祀り、向い合って坐っているうち・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 今や諧謔の徒は周囲の人を喜ばすためにかれをして『糸くず』の物語をやってもらうようになった、ちょうど戦場に出た兵士に戦争談を所望すると同じ格で。あわれかれの心は根底より壊れ、次第に弱くなって来た。 十二月の末、かれはついに床についた・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・初めのうちは、弟子たちが漱石に対して無遠慮であることから、非常に自由な雰囲気を感じたし、やがてそのうちに、前に言ったような弟子たちの甘えに気づいて、それを諧謔の調子で軽くいなしている漱石の態度に感服したのである。楯を突いていた連中でも、たま・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・そうして手ざわりのいい諧謔をもって柔らかくその問題を包む。これらの所に先生の温情と厭世観との結合した現われがあったようである。 右のような先生の傾向のために、諧謔は先生の感情表現の方法として欠くべからざるものであった。先生の諧謔には常に・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫