・・・は日本人には直ちにまた人生の一断面であって、それはまた一方で不易であると同時に、また一方では流行の諸相でもある。「実」であると同時に「虚」である。「春雨や蜂の巣つとう屋ねの漏り」を例にとってみよう。これは表面上は純粋な客観的事象の記述に過ぎ・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・日常茶飯の世界のかなたに、常識では測り知り難い世界がありはしないかと思う事だけでも、その心は知らず知らず自然の表面の諸相の奥に隠れたある物への省察へ導かれるのである。 このような化け物教育は、少年時代のわれわれの科学知識に対する・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・て、それだけで説明し得られる限りの問題だけに触れてはいるが、あの不思議な現象のもっと本質的な根本問題については、あえて試みにでも解析のメスを下そうとすることがまれであるのみならず、その問題の存在とその諸相を指摘しようとする人もないように見え・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・ ルポルタージュは観たこと、聴いたこと、感じたこと、即ち対象となる現実をひっくるめた人間生活諸相の報告であって、もとより平常では見られない珍らしいこと、スリルなこと、風土的エキゾチシズムが主要な部分ではない。 今日の所謂戦線ルポルタ・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・藤村はおどろくばかり計画性にとんだ作家で、その自己に凝結する力は製作の態度から日常生活の諸相へまで滲み透っていた。藤村の生きかたでは、逸脱は或る意味で彼の人生にとって過誤であった。けれども秋声の場合には、過誤ではなく、彼のように生きることに・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・日本文学史全巻を担当される近藤忠義が、篤学、正確な視点をもたれる学者であることは、読者にとっての幸運であるし、同時に今日の文学の諸相のみを扱う私にとって一つの幸な安心である。〔一九三七年十月〕・・・ 宮本百合子 「意味深き今日の日本文学の相貌を」
・・・死にかた、或は死なせかたの諸相が、その時代のものとしてこの一篇には実にまざまざと多面的に取上げられている。人間同士の友誼が、対手の死なせかたに表現されなければならなかった当時のモラルも柄本又七郎の行動で表徴されているし、悪意ある方策によって・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 民主主義の文学は、日本の人民的民主主義革命の課題をその具体的な諸相で描きつつそのことによっておのずから過去の日本の文学からの成長を課題としている。この大きな歴史的な課題は、それぞれの民主的な作家によって、それぞれの地点と角度から、それ・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・人として生活経験に薄弱な過去ほか有しない彼女は、今日も尚、人生の諸相に対して無智と不明とを持っていて、その問題を混乱させるだろう。面倒に成って来た人及び我を見るとひとりでに彼女は怖気付く。決して、今日根を絶してはいない「自分は女だ」と云う自・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ 文学の本質というものをひとくちに表現するのは難しいけれども、つまりは人間生活の諸相の要求の探求であって、日々の我々の現実に対して一人の作家が、人間及び芸術家としてかかわりあってゆく、そのいきさつが、その評価が、作品の世界の現実として創・・・ 宮本百合子 「「結婚の生態」」
出典:青空文庫