・・・ 奉行「そのものどもが宗門神となったは、いかなる謂れがあるぞ。」 吉助「えす・きりすと様、さんた・まりや姫に恋をなされ、焦れ死に果てさせ給うたによって、われと同じ苦しみに悩むものを、救うてとらしょうと思召し、宗門神となられたげでござ・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・お前たちが謂れもない悲しみにくずれるのを見るに増して、この世を淋しく思わせるものはない。またお前たちが元気よく私に朝の挨拶をしてから、母上の写真の前に駈けて行って、「ママちゃん御機嫌よう」と快活に叫ぶ瞬間ほど、私の心の底までぐざと刮り通す瞬・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・か、借用したる金か、借用ならば如何ようにして誰れに借りたるや、返済の法は如何ようにするなど、其辺は一切夢中にして、夫妻同居、家の一半を支配する主婦の身にてありながら、自分の家の貧富さえ知らざる者あり。謂れなき事なり。日本の女子に権力なしと言・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・人物を黜陟し或は禄制を変革し、なお甚しきは所謂要路の因循吏を殺して、当時流行の青面書生が家老参事の地位を占めて得々たるがごとき奇談をも出現すべきはずなるに、中津藩に限りてこの変を見ざりしは、蓋し、また謂れなきに非ず。下等士族の輩が、数年以来・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ても、なおその足を張て抵抗の状をなすの常なるに、二百七十年の大政府が二、三強藩の兵力に対して毫も敵対の意なく、ただ一向に和を講じ哀を乞うて止まずとは、古今世界中に未だその例を見ずとて、竊に冷笑したるも謂れなきにあらず。 蓋し勝氏輩の所見・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
出典:青空文庫