・・・ 六、おのれの作品の評価に謙遜なる事。大抵の作品は「ありゃ駄目だよ」と云う。 七、月評に忠実なる事。 八、半可な通人ぶりや利いた風の贅沢をせざる事。 九、容貌風采共卑しからざる事。 十、精進の志に乏しからざる事。大作をや・・・ 芥川竜之介 「彼の長所十八」
・・・私はこの心持ちを謙遜な心持ちだとも高慢な心持ちだとも思っていない。私にはどうしてもそうあらねばならぬ当然な心持ちにすぎないと思っている。 すでにいいかげん閑文字を羅列したことを恥じる。私は当分この問題に関しては物をいうまいと思っている。・・・ 有島武郎 「想片」
・・・しかし第二の種類に属する芸術家である以上は、私のごとく考えるのは不当ではなく、傲慢なことでもなく、謙遜なことでもなく、爾かあるべきことだと私は信じている。広津氏は私の所言に対して容喙された。容喙された以上は私の所言に対して関心を持たれたに相・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・ しかし、これは、虫にくらべて謙遜した意味ではない。実は太郎を、浦島の子に擬えて、潜に思い上った沙汰なのであった。 湖を遥に、一廓、彩色した竜の鱗のごとき、湯宿々々の、壁、柱、甍を中に隔てて、いまは鉄鎚の音、謡の声も聞えないが、・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・が、気の毒なる哉二葉亭は山本伯とは全く正反対に余りに内気であった、余りに謙遜であった、かつ余りに潔癖であった。切めて山本伯の九牛一毛なりとも功名心があり、粘着力があり、利慾心があり、かつその上に今少し鉄面皮であったなら、恐らく二葉亭は二葉亭・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・あなたはわたくしを、謙遜を知らぬ、我慾の強いものだと仰しゃるかも知れませんが、それと同じ権利で、わたくしはあなたを、気の狭い卑屈な方だと申す事も出来ましょう。あなたの尺度でわたくしをお測りになって、その尺度が足らぬからと言って、わたくしを度・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・たゞ、純情に謙遜に、自然の意思に従って、真を見んとするところに、最も人生的なる、一切の創造はなされるのであった。 私は、民謡、伝説の訴うる力の強きを感ずる。意識的に作られたるにあらずして、自然の流露だからだ。たゞちに生活の喜びであり、ま・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・この意味に於て、動物文学は、美と平和を愛する詩人によって、また真理に謙遜なる科学者によって、永遠無言の謎を解き、その光輝を発し、人類をして、反省せしむるに足るのであります。 小川未明 「天を怖れよ」
・・・例えば作家が著作集を出す時、後記というものを書くけれど、それは如何ほど謙遜してみたところで、ともかく上梓して世に出す以上、多少の己惚れが無くてはかなうまいと思うが、どうであろうか。恥しいものですと断ってみても、無理矢理本屋に原稿を持っていか・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
私の文学――編集者のつけた題である。 この種の文章は往々にして、いやみな自己弁護になるか、卑屈な謙遜になるか、傲慢な自己主張になりやすい。さりげなく自己の文学を語ることはむずかしいのだ。 しかし、文学というものは、・・・ 織田作之助 「私の文学」
出典:青空文庫