・・・博士に化けた Mephistopheles は或大学の講壇に批評学の講義をしていた。尤もこの批評学は Kant の Kritik や何かではない。只如何に小説や戯曲の批評をするかと言う学問である。「諸君、先週わたしの申し上げた所は御理解・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・着物を重ねても寒い秋寒に講壇には真裸なレオというフランシスの伴侶が立っていた。男も女もこの奇異な裸形に奇異な場所で出遇って笑いくずれぬものはなかった。卑しい身分の女などはあからさまに卑猥な言葉をその若い道士に投げつけた。道士は凡ての反感に打・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ ――わあ―― と罵るか、笑うか、一つ大声が響いたと思うと、あの長靴なのが、つかつかと進んで、半月形の講壇に上って、ツと身を一方に開くと、一人、真すぐに進んで、正面の黒板へ白墨を手にして、何事をか記すのです、――勿論、武装のままであ・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・先生は、昨年の春、同じ学部の若い教授と意見の衝突があって、忍ぶべからざる侮辱を受けたとかの理由を以て大学の講壇から去り、いまは牛込の御自宅で、それこそ晴耕雨読とでもいうべき悠々自適の生活をなさっているのだ。私は頗る不勉強な大学生ではあったが・・・ 太宰治 「佳日」
・・・う字をやたらに何にでもくっつけて、そうしてそれをどこやら文化的な高尚なものみたいな概念にでっち上げる傾きがあるようで、恋と言ってもよさそうなのに、恋愛、という新語を発明し、恋愛至上主義なんてのを大学の講壇で叫んで、時の文化的なる若い男女の共・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・ 校長の紹介で講壇に立った文学士は堂々たる風采をしていた。頭はいがぐりであったが、そのかわりに立派な漆黒なあごひげは教頭のそれよりも立派であった。大きな近眼鏡の中からは知恵のありそうな黒い目が光っていた。引きしまった清爽な背広服もすべて・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・悲しくもないのに泣いたり、嬉しくもないのに笑ったり、腹も立たないのに怒ったり、こんな講壇の上などに立ってあなた方から偉く見られようとしたりするので――これは或程度まで成功します。これは一種の art である。art と人間の間には距離を生じ・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・それが落成すると、六十一になる父滄洲翁と、去年江戸から藩主の供をして帰った、二十九になる仲平さんとが、父子ともに講壇に立つはずである。そのとき滄洲翁が息子によめを取ろうと言い出した。しかしこれは決して容易な問題ではない。 江戸がえり、昌・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫