・・・ 保吉 いや、ただ夫は達雄の来た時に冷かに訪問を謝絶するのです。達雄は黙然と唇を噛んだまま、ピアノばかり見つめている。妙子は戸の外に佇んだなりじっと忍び泣きをこらえている。――その後二月とたたないうちに、突然官命を受けた夫は支那の漢口の・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・ ロイドめがねを真円に、運転手は生真面目で、「多分の料金をお支払いの上、お客様がですな、一人で買切っておいでになりましても、途中、その同乗を求むるものをたって謝絶いたしますと、独占的ブルジョアの横暴ででもありますかのように、階級意識・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「ふむ……投銭は謝絶する、見識じゃな、本は幾干だ。」「五銭、」「何、」「へい、お立合にも申しておりやす。へい、ええ、ことの外音声を痛めておりやすんで、お聞苦しゅう、……へい、お極りは五銅の処、御愛嬌に割引をいたしやす、三銭で・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ と手強き謝絶に取附く島なく、老媼は太く困じ果てしが、何思いけむ小膝を拍ち、「すべて一心固りたるほど、強く恐しき者はなきが、鼻が難題を免れむには、こっちよりもそれ相当の難題を吹込みて、これだけのことをしさえすれば、それだけの望に応ずべし・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ 何しろ社交上の礼儀も何も弁えない駈出しの書生ッぽで、ドンナ名士でも突然訪問して面会出来るものと思い、また訪問者には面会するのが当然で、謝絶するナゾとは以ての外の無礼と考えていたから、何の用かと訊かれてムッとした。「何の用事もありま・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・可いよ、明日母上が来たら私がきっぱりお謝絶するから。そうそうは私達だって困らアね。それも今日母上や妹の露命をつなぐ為めとか何とか別に立派な費い途でも有るのなら、借金してだって、衣類を質草に為たって五円や三円位なら私の力にても出来して上げるけ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・明日なら出来るが今夜は一文もないと謝絶られた。 帰路に炭屋がある。この店は酒も薪も量炭も売り、大庭もこの店から炭薪を取り、お源も此店へ炭を買いに来るのである。新開地は店を早く終うのでこの店も最早閉っていた。磯は少時く此店の前を迂路々々し・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・一、見舞い絶対に謝絶、若しくは時間定めて看守立ち合い。一、その他、たくさんある。思い出し次第、書きつづける。忘れねばこそ、思い出さずそろ、か。(この日、退院の約束、断腸「出してくれ!」「やかまし!」どしんのもの音ありて、秋の・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・おかなければならないので、そのために娘の父を舞台の彼方で喘息のために苦悶させ、それに同情して靴磨きがたった今、ダンサーから貰った五円を医薬の料にやろうというのをこの娘の可憐な一種の嫉妬をかりていったん謝絶させておく。そうしておいてから、田代・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・すべての演奏会を謝絶した先生は、ただ自分の部屋で自分の気に向いたときだけ楽器の前に坐る、そうして自分の音楽を自分だけで聞いている。そのほかにはただ書物を読んでいる。 文科大学へ行って、ここで一番人格の高い教授は誰だと聞いたら、百人の学生・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
出典:青空文庫