・・・ではまたなぜ自殺をしたかと言えば、――この説明はわたしの報告よりもお松宛の遺書に譲ることにしましょう。もっともわたしの写したのは実物の遺書ではありません。しかしわたしの宿の主人が切抜帖に貼っておいた当時の新聞に載っていたものですから、大体間・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・これが本心なら、元よりこれに越した事はないが、どうして、修理はそれほど容易に、家督を譲る気になれたのであろう。――「御尤もでございます。佐渡守様もあのように、仰せられますからは、残念ながら、そうなさるよりほかはございますまい。が、まず一・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・道を譲る。村越 ま、まあ、御老人。七左 いや、まず……先生。村越 先生は弱りました。(忸怩では書生流です、御案内。七左 その気象! その気象!撫子。出迎えんとして、ちょっと髷に手を遣り、台所へ下らんとするおりくの・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・この離籍一条は後に譲るとして先ず淡島屋の祖先について語ろう。 淡島氏の祖の服部喜兵衛は今の寒月から四代前で、本とは上総の長生郡の三ヶ谷の農家の子であった。次男に生れて新家を立てたが、若い中に妻に死なれたので幼ない児供を残して国を飛出した・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・総領の新太郎は道楽者で、長女のおとくは埼玉へ嫁いだから、両親は職人の善作というのを次女の千代の婿養子にして、暖簾を譲る肚を決め、祝言を済ませたところ、千代に男があったことを善作は知り、さまざま揉めた揚句、善作は相模屋を去ってしまった――。・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・しかし、予定の紙数の制限に近づいたので、別の機会に譲る。 明治の諸作家が戦争を如何に描いたか、戦争に対してどんな態度を取ったかは、是非とも研究して置かなければならない重要な題目である。若し戦争について、それを真正面から書いていないにして・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ひとにものを食わせるというのは、電車でひとに席を譲る以上に、苦痛なものである。何が神様だ。その神経は、まるで新興成金そっくりではないか。 またある座談会で太宰君の「斜陽」なんていうのも読んだけど、閉口したな。なんて言っているようだが、「・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ この理想が実現せられるとして、教案を立てる際に材料と分布をどうするかという問に対しては、具体的の話は後日に譲ると云って、話頭を試験制度の問題に転じている。「要は時間の経済にある。それには無駄な生徒いじめの訓練的な事は一切廃するがい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・これらの種類を列挙するのは本文の範囲以外になるから、これは他日に譲るとして、ここには専ら骨董趣味という点から見て二つの極端に位する二種の科学者を対照して見ようと思う。 科学者の中にはその専修学科の発達の歴史に特別の興味を有っている人が多・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・ 結語 科学と文学という題のもとに考察さるべき項目はなお多数であろうが、まずこのへんで擱筆して余は他の機会に譲ることとする。 緒論で断わってあるとおり、以上の所説は、特殊な歴史と環境とをもった一私人の一私見に過ぎ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫