・・・ すべての空想が、その華麗な花と咲くためには、豊饒の現実を温床としなければならぬごとく、現実に発生しない童話は、すでに生気を失ったものです。過去のお伽噺が、その当時の生活、経験に調和して生れたものであるなら、新しい童話は、今日の生活から・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・この谷間は割合に豊饒で、傾斜の上の方まで耕されている。眼前に連なる青田は一面緑の波のように見える。士族地からここへ通って来るということも先生方を悦ばせた。あの樹木の蔭の多い道は大尉の住居からもさ程遠くはなかった。 その翌日から、桜井先生・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・たとえば、五穀の豊饒を祈り、風水害の免除をいのり、疫病の流行のすみやかに消熄することを乞いのみまつったのである。かくして民族の安寧と幸福を保全することが為政者の最も重要な仕事の少なくも一部分であったのである。 この重要な仕事に連関して天・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・その人々が一生をつくして仕上げたいと思う生存の目標に向って進む自己を悦びにより、苦しみにより一層豊饒にし、賢くしてくれる恋愛、それから発足した範囲の広い愛の種々相に対して、私共は礼讚せずにはいられませんが、無限な愛の一分野と思われる恋愛ばか・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・ 風景は、モスクワを出た当座の豊饒な黒土地方、中部シベリアの密林でおおわれた壮厳な森林帯の景色とまるで違い、寂しい極東の辺土の美しさだ。うちつづく山のかなたは、モンゴリア共和国である。 十一月二日。晴れたり曇ったり。 列車の・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 人生を愛し、熱心にそこを生きて行こうとするほどの者は、誰しもこの社会の人間関係のより豊富さ、より暢やかさ、より豊饒な発育性を切望しているのが本心と思う。そういうものとして、よりよい友情の花を同性の間にも異性の間にも期待するのは自然の心・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・一方、文学は質において果して今日豊饒であろうか。インフレ文学という苦笑が漲って、量が質とは相反するものとして観察されているのは如何なる理由からであろうか。 あらゆる文学が、芸術的表現・社会表現としての性質からそうであるように、歴史文学も・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・これまでの常識は主観的といえば身に近く熱っぽくあたたかいもの、客観性というものは冷たい理智的なものという範疇で簡単に片づけて来ているけれども、人間の精神の豊饒さはそんな素朴な形式的なものではない。女を度しがたい的可愛さにおく女の主観的生きか・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・ 女性のうちなる母性のこんこんとした泉に美があるなら、それは、次から次へと子を産み出してゆく豊饒な胎だけを生物的にあがめるばかりではなくて、母が、愛によってさとく雄々しく、建設の機転と創意にみちているからでなくてはならないだろう。 ・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・はウクライナの豊饒な自然なしには創られなかった。 美術の方面でもウクライナは多勢の優秀なソヴェト木版画家を出している。一九三〇年の春はウィーンその他でウクライナ美術展覧会をやった。 このウクライナ地方が革命までどんな扱いをうけていた・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫