・・・ こういう態度の豹変は憲兵や警官にはあり勝ちなことだ。憲兵や警官のみならず、人間にはそういう頼りにならぬ一面が得てありがちなことだ。それ位いなことは、彼にも分らないことはなかった。それでも、何故か、彼は、腹の虫がおさまらなかった。憲兵が・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・その瞬間瞬間の真実だけを言うのです。豹変という言葉がありますね。わるくいえばオポチュニストです。」「天才だなんて。まさか。」マダムは、僕のお茶の飲みさしを庭に捨てて、代りをいれた。 僕は湯あがりのせいで、のどが渇いていた。熱い番茶を・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・女学校の寮から出て、また父の実家に舞いもどって、とたんに、さちよは豹変していた。 十七歳のみが持つ不思議である。 学校からのかえりみち、ふらと停車場に立寄り、上野までの切符を買い、水兵服のままで、汽車に乗った。東京は、さちよを待ちか・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・そうして満足に生きていたいというわがままな了簡、と申しましょうかまたはそうそう身を粉にしてまで働いて生きているんじゃ割に合わない、馬鹿にするない冗談じゃねえという発憤の結果が怪物のように辣腕な器械力と豹変したのだと見れば差支ないでしょう。・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・いつの間にこう豹変したのか分らないが、全く矛盾してしまいました。 なぜこんな矛盾が起ったのだろうか。よく考えると何にもないのに、通俗では森羅万象いろいろなものが掃蕩しても掃蕩しきれぬほど雑然として宇宙に充じゅうじんしている。戸張君ではな・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 従って緒論に現われた先生は、出来得る限りの範囲において、われらが最近五十年間の豹変に対する説明を、箇条がきの如くに与えておられる。その内にはちょっとわれらの思い設けぬ解釈さえある。西洋人が予期せざる日本の文明に驚ろくのは、彼らが開化と・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・「かかる官府の豹変は平安盛時への復帰とも解釈されるし、また政府の思想的一角が今日、俄かに欧化した」とも云い得るかのようであるが、実際には帝国芸術院が出来ると一緒に忽ち養老院、廃兵院という下馬評が常識のために根をすえてしまった。「新日本文化の・・・ 宮本百合子 「矛盾の一形態としての諸文化組織」
出典:青空文庫