・・・当時我国興行界の事情と、殊にその財力とは西洋オペラの一座を遠く極東の地に招聘し得べきものでないと臆断していたので、突然此事を聞き知った時のわたくしの驚愕は、欧洲戦乱の報を新聞紙上に見た時よりも遥に甚しきものがあった。 五年間に渉った欧洲・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・余の如き財力の乏しいものには参考として甚だ重宝な出版である。文学において悲観した余はこの図譜を得たために多少心細い気分を取り直した。図譜中にある建築彫刻絵画ともに、あるものは公平に評したら下らないだろうと思う。あるものは『源氏物語』や近松や・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・われらは歴史を有せざる成り上りものの如くに、ただ前へ前へと押されて行く。財力、脳力、体力、道徳力、の非常に懸け隔たった国民が、鼻と鼻とを突き合せた時、低い方は急に自己の過去を失ってしまう。過去などはどうでもよい、ただこの高いものと同程度にな・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・ったため、万年筆には多少手古擦っているものですら、愈万年筆を全廃するとなると此位の不便を感ずる所をもって見ると、其他の人が価の如何に拘わらず、毛筆を棄てペンを棄てて此方に向うのは向う必要があるからで、財力ある貴公子や道楽息子の玩具に都合のい・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・ドーデが、貧乏しながらこつこつと小説をかいていくらか出来た財力がレオンをそういう男に仕立ててフランスの敗れる一因をなす者として存在させることを、思っても見ただろうか。 今日の生活と文化は、こういう父と子の物語についても私たちに考えさせず・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ 父を理解しない当時の国家の権力までをつかって、財産を己れらの手許にとりとどめた息子らは、歴史の更に大きい浪によって或る者はそれを失ったであろうし、或るものはその財力のおかげでフランスへ亡命し、やがてそのような亡命者として父トルストイの・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・のありがたさに対する利用価値とが、からみあって、いつも右翼の財力にひっかかっています。いつか平民になった皇族たちの職業しらべがでていましたが、ほとんど大部分が「何々の宮」という看板を貸して、かげの闇めいた儲けでやしなわれている状態でした。・・・ 宮本百合子 「ファシズムは生きている」
・・・その広大な財力による庇護の腕の中でジャーシャの独立心も可愛らしく書かれている。「孤児マリイ」とこのジャーシャを読みくらべてみると、ウエブスターのように不幸の解決が慈善でできると信じていた社会層の婦人作家の世の中の見かたと、オオドゥウの人・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・として描いている結婚の対手の財力に重きをおく今日の娘心を肯定しているのも面白い。「誰だって貧乏したくないのは人情だろうし、それを切りぬける自信は、とても私たちにはない」財産家には「娘の夢を育ててくれる金力がある。理想を徐々に実現してゆく余裕・・・ 宮本百合子 「若い婦人の著書二つ」
出典:青空文庫