・・・これが真新しいので、ざっと、年よりは少く見える、そのかわりどことなく人体に貫目のないのが、吃驚した息もつかず、声を継いで、「驚いたなあ、蝮は弱ったなあ。」 と帽子の鍔を――薄曇りで、空は一面に陰気なかわりに、まぶしくない――仰向けに・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・目の下二尺三貫目は掛りましょう。」とて、……及び腰に覗いて魂消ている若衆に目配せで頷せて、「かような大魚、しかも出世魚と申す鯉魚の、お船へ飛込みましたというは、類稀な不思議な祥瑞。おめでとう存じまする、皆、太夫様の御人徳。続きましては、手前・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ なんにもしない、人間を、一ツの警察から、次の警察へ、次の警察から、又その次の警察へ、盥廻しに拘留して、体重が二貫目も三貫目も減ってしまった例がいくらでもある。会合が許されない。僕の友人は、労働歌を歌っていて、ただ、それだけで一年間尾行・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・ラケットを鍬に代えてからの太郎は、学校時代よりもずっと元気づいて来て、翌年あたりにはもう七貫目ほどの桑を背負いうるような若者であった。 次郎と三郎も変わって来た。私が五十日あまりの病床から身を起こして、発病以来初めての風呂を浴びに、鼠坂・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・だって火の目小僧と長々の二人は、ただあたりまえの人が食べるだけしか食べませんでしたが、もう一人のぶくぶくは、お腹がいくらでもひろがるので食べるも/\一どに牛肉の千貫目やパンの千本ぐらいは、どこへ入ったかわからないくらいです。そんな男に腹一ぱ・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・田舎の茶畠に、笠を被った田舎娘の白い顔や雨に濡れた茶の芽を貫目にかけて筵にあける男の顔や、火爐に凭りかかって、終日好い声で歌をうたう茶師のさまなどが切々に思い出されて来る。母親は其頃茶摘に行っては、よく帰りに淡竹の筍を沢山採って来た。 ・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
西暦一千九百二年秋忘月忘日白旗を寝室の窓に翻えして下宿の婆さんに降を乞うや否や、婆さんは二十貫目の体躯を三階の天辺まで運び上げにかかる、運び上げるというべきを上げにかかると申すは手間のかかるを形容せんためなり、階段を上るこ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・「何貫目あったって大丈夫だ、安心して上がりたまえ」「いいかい」「いいとも」「そら上がるぜ。――いや、いけない。そう、ずり下がって来ては……」「今度は大丈夫だ。今のは試して見ただけだ。さあ上がった。大丈夫だよ」「君が滑・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・実に不可思議千万なる事相にして、当時或る外人の評に、およそ生あるものはその死に垂んとして抵抗を試みざるはなし、蠢爾たる昆虫が百貫目の鉄槌に撃たるるときにても、なおその足を張て抵抗の状をなすの常なるに、二百七十年の大政府が二、三強藩の兵力に対・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・大きなのは三貫目もあったでしょう。掘り取るのが済んであの荒い瀬の処から飛び込んで行くものもありました。けれども私はその溺れることを心配しませんでした。なぜなら生徒より前に、もう校長が飛び込んでいてごくゆっくり泳いで行くのでしたから。 し・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
出典:青空文庫