・・・霊魂の助かりのためならば、いかなる責苦も覚悟である。おん主は必ず我等のために、御加護を賜わるのに違いない。第一なたらの夜に捕われたと云うのは、天寵の厚い証拠ではないか? 彼等は皆云い合せたように、こう確信していたのである。役人は彼等を縛めた・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・これはここへ落ちて来るほどの人間は、もうさまざまな地獄の責苦に疲れはてて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。ですからさすが大泥坊の陀多も、やはり血の池の血に咽びながら、まるで死にかかった蛙のように、ただもがいてばかり居りまし・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・るやら、舌を抜かれるやら、皮を剥がれるやら、鉄の杵に撞かれるやら、油の鍋に煮られるやら、毒蛇に脳味噌を吸われるやら、熊鷹に眼を食われるやら、――その苦しみを数え立てていては、到底際限がない位、あらゆる責苦に遇わされたのです。それでも杜子春は・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・人の母の生涯というものは、悲が三分一で、後の二分は心配と責苦とであろう。男というものにはそれがちっとも分らぬわいの。(櫃の傍この櫃の隅はまだ尖っているやら。日外、あの子がここで頭を打って血を出した事がある。まだ小さいのに気が荒かったゆえ、走・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・そいつらを皆病気に罹らせて自分のように朝晩地獄の責苦にかけてやったならば、いずれも皆尻尾を出して逃出す連中に相違ない。とにかく自分は余りの苦みに天地も忘れ人間も忘れ野心も色気も忘れてしもうて、もとの生れたままの裸体にかえりかけたのである。諸・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・でないと山ねこさまにえらい責苦にあわされますぞい。おお恐ろしや。なまねこ。なまねこ。」 狼はおびえあがって、きょろきょろしながらたずねました。「そんならどうしたら助かりますかな。」 狸が云いました。「わしは山ねこさまのお身代・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・「それらの責苦に私は耐えることが出来そうもない」ほどに感じられるそれを自己の感性の鋭さと意識されている観念である。この観念と並立していて、私という人物がこれまで中途半端にしか生活もせず考えもせずに暮して来たという自嘲自責で身をよじっていると・・・ 宮本百合子 「観念性と抒情性」
・・・彼はその責苦を手記の中に披瀝して、恐らく彼と同じ苦痛と疑惑に陥っているであろう「人々の役に立つよう、現して見よう」と思ったのであった。しかし、この作品は、当時まだジイドが宗教や家庭の日常習慣に抑制されていたのと、当時の象徴派の文学的傾向に従・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
出典:青空文庫