・・・王侯貴人の像をイジくるよりか、それはわが党の『加と男』のために、じゃアない、ためにじゃアない、「加と男」をだ、……をだをだ、……。だから承知しましたよ。承知の助だ。加と公の半身像なんぞ、目をつぶってもできる。これは面黒い。ぜひやってみましょ・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・自分の不面目はもとより、貴人のご不興も恐多いことでは無いか。」 ここまで説かれて、若崎は言葉も出せなくなった。何の道にも苦みはある。なるほど木理は意外の業をする。それで古来木理の無いような、粘りの多い材、白檀、赤檀の類を用いて彫刻するが・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・伐墓という語は支那には古い言葉で、昔から無法者が貴人などの墓を掘った。今存している三略は張良の墓を掘って彼が黄石公から頂戴したものをアップしたという伝説だが、三略はそうして世に出たものではない。全く偽物だ。しかし古い立派な人の墓を掘ることは・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 写生文家の人事に対する態度は貴人が賤者を視るの態度ではない。賢者が愚者を見るの態度でもない。君子が小人を視るの態度でもない。男が女を視、女が男を視るの態度でもない。つまり大人が小供を視るの態度である。両親が児童に対するの態度である。世・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・して一覧に供し、来賓も興に入りて満足したりとの事なりしが、実をいえばその芸妓なる者は大抵不倫の女子にして、歌舞の芸を演ずるの傍ら、往々言うべからざる醜行に身を汚し、ほとんど娼妓に等しき輩なれば、固より貴人の前に面すべき身分にあらず。西洋諸国・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・て贔屓の俳優みるここちしてうち護りたるに、胸にそうびの自然花を梢のままに着けたるほかに、飾りというべきもの一つもあらぬ水色ぎぬの裳裾、せまき間をくぐりながらたわまぬ輪を画きて、金剛石の露こぼるるあだし貴人の服のおもげなるをあざむきぬ。 ・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・騎馬の人も避ける。貴人の馬車も避ける。富豪の自動車も避ける。隊伍をなした士卒も避ける。送葬の行列も避ける。この車の軌道を横たわるに会えば、電車の車掌といえども、車をとめて、忍んでその過ぐるを待たざることを得ない。 そしてこの車は一の空車・・・ 森鴎外 「空車」
出典:青空文庫