・・・その市価を生じた直接の原因は、商売人の咄に由るとやはり外国人が頻りに感嘆して買出したからであるそうだ。日本人はいつでも外国人に率先される。写楽も歌麿も国政も春信も外国人が買出してから騒ぎ出した。外国人が褒めなかったなら、あるいは褒めても高い・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・帳場と店とは小僧対手に上さんが取り仕切って、買出しや得意廻りは親父の方から一人若衆をよこして、それに一切任せてある。 今日は不漁で代物が少なかったためか、店はもう小魚一匹残らず奇麗に片づいて、浅葱の鯉口を着た若衆はセッセと盤台を洗ってい・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・今日 復員列車といおうか、買い出し列車といおうか、汽車は震災当時の避難列車を思わせるような混み方であった。 一本の足を一寸動かすだけでも、一日の配給量の半分のカロリーが消耗されるくらいの努力が要り、便所へも行けず、窓以外・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・冬の朝、黒門市場への買出しに廻り道して古着屋の前を通り掛った種吉は、店先を掃除している蝶子の手が赤ぎれて血がにじんでいるのを見て、そのままはいって掛け合い、連れ戻した。そして所望されるままに曾根崎新地のお茶屋へおちょぼ(芸者の下地ッ子にやっ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
隣家のS女は、彼女の生れた昨年の旱魃にも深い貯水池のおかげで例年のように収穫があった村へ、お米の買出しに出かけた。行きしなに、誰れでも外米は食いたくないんだから今度買ってきたら分けあって食べましょうと云って乗合バスに乗った・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ある一人の女が婉曲に、自分もその村へ買い出しに行こうと思うが売って呉れるだろうかとS女にたずねてみた。農家は米は持っているのだが、今年の稲が穂に出て確かにとれる見込みがつくまで手離さないという返事である。なにしろ田地持ちが外米を買って露命を・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・あの魚河岸ですら最早東京の真中にはなくて、広瀬さんはじめ池の茶屋の人達が月島の方へ毎朝の魚の買出しに出掛けるとは、お三輪には信じられもしなかった。 閻魔堂の前から、新七達の働いている食堂の横手がよく見える。近くにはアカシヤのわくら葉が静・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・老母妻子の笑顔を思えば、買い出しのお芋六貫も重くは無く、畑仕事、水汲み、薪割り、絵本の朗読、子供の馬、積木の相手、アンヨは上手、つつましきながらも家庭は常に春の如く、かなり広い庭は、ことごとく打ちたがやされて畑になってはいるが、この主人、た・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・私をその小都会に連れて行った婆さんも、ただものではないらしくある男にビールを一本渡してそのかわりに私を受け取り、そうしてこんどはその小都会に葡萄酒の買出しに来て、ふつう闇値の相場は葡萄酒一升五十円とか六十円とかであったらしいのに、婆さんは膝・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・おれたち一家が餓え死にしかけても、おれはあんな、あさましい買い出しなんかに出掛けやしないのだから、そのつもりでいてくれ。それはおれの最後の誇りなんだ。」 なるほど御覚悟は御立派ですが、でも兄さんの場合、お国のためを思って買い出し部隊を憎・・・ 太宰治 「雪の夜の話」
出典:青空文庫