・・・と言います。」 何が何でも、一方は人の内室である、他は淑女たるに間違いない。――その真中へ顔を入れたのは、考えると無作法千万で、都会だと、これ交番で叱られる。「霜こしやがね。」と買手の古女房が言った。「綺麗だね。」 と思わず・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ヤトナの儲けでどうにか暮しを立ててはいるものの、柳吉の使い分がはげしいもので、だんだん問屋の借りも嵩んで来て、一年辛抱したあげく、店の権利の買手がついたのを幸い、思い切って店を閉めることにした。 店仕舞いメチャクチャ大投売りの二日間の売・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・が、買手がつかず、そのまま半年、その気もなく毎日店をあけていた。やっと買手がついたが、恥しいほどやすい値をつけられた。 それでも、売って、その金を医者への借金払いに使い、学生専門の下宿へ移って、坂田は大道易者になった。かねがね八卦には趣・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ところがその品物のなかで最も高い値が出たのはその男が首を縊った縄で、それが一寸二寸というふうにして買い手がついて、大家はその金でその男の簡単な葬式をしてやったばかりでなく自分のところの滞っていた家賃もみな取ってしまったという話であった。・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・芝の空家に買手が附いたとやらで、私たちは、そのとしの早春に、そこを引き上げなければならなかった。学校を卒業できなかったので、故郷からの仕送りも、相当減額されていた。一層倹約をしなければならぬ。杉並区・天沼三丁目。知人の家の一部屋を借りて住ん・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・、馬をいろいろな歩調で歩かせて商人たちに見せているうちに、商人たちから、くそみそに愛馬をけなされ、その数々の酷評に接しては、「私自身も、ついには、このあわれな動物に対して心から軽蔑を感ずるようになり、買い手がそばに寄って来ると恥かしいような・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・私の小説に買い手がついた。売った。売ってから考えたのである。もう、そろそろ、ただの小説を書くことはやめよう。慾がついた。「人は生涯、同一水準の作品しか書けない。」コクトオの言葉と記憶している。きょうの私もまた、この言葉を楯に執る。もう一・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・こう考えて来ると自分などは街頭に露店をはって買手のかかるのを待っている露店商人とどこかしらかなり似たところがあるようにも思われてくるのである。 同じようなことを繰返すのでも、中途半端の繰返しは鼻についてくるが、そこを通り越して徹底的に繰・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・たとえばプラチナを使った呼び鈴などは、高くてだれも買い手はないそうである。これは実際それほど必要ではないかもしれないが、プラチナを使わないなら使わなくてもいいだけにほかの部分の設計ができていないのはどうも困る。 私の頼んだ電気屋が偶然最・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・今かりにどれかの一枚を絶版にして、天下に撒布されたあらゆる標本を回収しそのただ一枚だけを残して他はことごとく焼いてしまったとしたら、その残った一枚は少なくも数百円、相手により場合によっては一万円でも買い手があるであろう。 一枚の五万分一・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
出典:青空文庫