・・・「なおまた故人の所持したる書籍は遺骸と共に焼き棄て候えども、万一貴下より御貸与の書籍もその中にまじり居り候節は不悪御赦し下され度候。」 これはその葉書の隅に肉筆で書いてある文句だった。僕はこう云う文句を読み、何冊かの本が焔になって立・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・壁に掛けてある制服と制帽を颯っとはずして、百万円でも貸与する時のように、もったいぶった手つきで私のほうに差し出した。「お気に召しますか、どうですか。」「いや、結構です。」私は思わず、ぺこりとお辞儀をして、「ここで失礼して、着換えさせてい・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・古い桜樹と幾年か手を入れられたことなく茂りに繁った下生えの灌木、雑草が、かたばかりの枸橘の生垣から見渡せた懐しいコローの絵のような松平家の廃園は、丸善のインク工場の壜置場に、裏手の一区画を貸与したことから、一九二三年九月一日の関東大震災後、・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
この頃は、結婚の問題がめだっている。この一年ばかりのうちに、私たち女性の前には早婚奨励、子宝奨励、健全結婚への資金貸与というような現象がかさなりあってあらわれてきている。そして、どこか性急な調子をもったその現象は、傍にはっ・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
出典:青空文庫