・・・……無駄と知りながら出て来ます、へい、油費えでさ。」 と一処に団まるから、どの店も敷物の色ばかりで、枯野に乾した襁褓の光景、七星の天暗くして、幹枝盤上に霜深し。 まだ突立ったままで、誰も人の立たぬ店の寂しい灯先に、長煙草を、と横に取・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・……菜大根、茄子などは料理に醤油が費え、だという倹約で、葱、韮、大蒜、辣薤と申す五薀の類を、空地中に、植え込んで、塩で弁ずるのでございまして。……もう遠くからぷんと、その家が臭います。大蒜屋敷の代官婆。…… ところが若夫人、嫁御というの・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・入口の上框ともいうべきところに、いと大なる石を横たえわたして崩れ潰えざらしめんとしたる如きは、むかしの人もなかなかに巧みありというべし。寒月子の図も成りければ、もとのところに帰り、この塚より土器の欠片など出したる事を耳にせざりしやと問えば、・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・と前の女は驚いて、燭台を危く投げんばかりに、膝も腰も潰え砕けて、身を投げ伏して面を匿して終った。「にッたり」と男は笑った。 主人は流石に主人だけあった。これも驚いて仰反って倒れんばかりにはなったが、辛く踏止まって、そして踏止・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
出典:青空文庫