・・・貫だと云うので、五貫に負けろと値切っても相談にならなかったので、帰りに、じゃ六貫やるから負けろと云ってもやっぱり負けなかった、今年は水で菊が高いのだと説明した、ベゴニアを持って来た人の話を思い出して、賑やかな通りの縁日の夜景を頭の中に描きな・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・そして樹木の多い郊外の屋敷町を、幾度かぐるぐる廻ったあとで、ふと或る賑やかな往来へ出た。それは全く、私の知らない何所かの美しい町であった。街路は清潔に掃除されて、鋪石がしっとりと露に濡れていた。どの商店も小綺麗にさっぱりして、磨いた硝子の飾・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・その後友達がキンカ鳥の番いと、キンパラの雄とを持って来て入れてくれたので籠の中が少し賑やかになった。始めこの鳥籠を据える時に予は庭にあった李の木の五尺ばかりなのを生木のままで籠の中に植えさした。それは一つはとまり木にもなるしまた来年の春花が・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ それから教会の方で、賑やかなバンドが始まりました。それが風下でしたから、手にとるように聞えました。それがいかにも本式なのです。私たちは、はじめはこれはよほど費用をかけて大陸から頼んで来たんだなと思いましたが、あとで聞きましたら、あの有・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・わたくしはいつかの小さなみだしをつけながら、しずかにあの年のイーハトーヴォの五月から十月までを書きつけましょう。 一、遁げた山羊 五月のしまいの日曜でした。わたくしは賑やかな市の教会の鐘の音で眼をさましました・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 食堂車内は今夜賑やかだった。ずっとモスクワから乗りつづけて来たものは長い旅行が明日は終ろうとする前夜の軽い亢奮で。新しく今日乗り込んで来た連中は、列車ではじめての夕飯をたべながら。――(汽車の食堂は普通の食堂シベリアに雪はあるかと訊い・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・物蔭の小高いところから、そちらを見下すと、そこには隈なく陽が照るなかに、優美な装束の人たちが、恭々しいうちにも賑やかでうちとけた供まわりを随えて、静かにざわめいている。 黒い装束の主人たる人物は、おもむろに車の方へ進んでいる。が、まだ牛・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ フランツが例の岩の処に近づくと、忽ち木精の声が賑やかに聞えた。小さい時から聞き馴れた、大きい、鈍い、コントルバスのような木精の声である。 フランツは「おや、木精だ」と、覚えず耳を欹てた。 そして何を考える隙もなく駈け出した。例・・・ 森鴎外 「木精」
・・・ 万斛の玉を転ばすような音をさせて流れている谷川に沿うて登る小道を、温泉宿の方から数人の人が登って来るらしい。 賑やかに話しながら近づいて来る。 小鳥が群がって囀るような声である。 皆子供に違ない。女の子に違ない。「早く・・・ 森鴎外 「杯」
・・・その地方の細かい双方の話題が暫く高田と梶とを捨てて賑やかになっていくうちに、とうとう栖方は自分のことを、田舎言葉まる出しで、「おれのう。」と梶の妻に云い出したりした。「もうすぐ空襲が始るそうですが、恐いですわね。」と梶の妻が云うと、「一・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫