・・・――所がそんな事を考えている内に、三度目になったと思い給え。その時ふと気がついて見ると、――これには僕も驚いたね。あの女が笑顔を見せていたのは、残念ながら僕にじゃない。賄征伐の大将、リヴィングストンの崇拝家、ETC. ETC. ……ドクタア・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・「とにかく早く返してやり給え。」「君は――ええ、忍野君ですね。ちょっと待って下さいよ。」 二十前後の支那人は新らたに厚い帳簿をひろげ、何か口の中に読みはじめた。が、その帳簿をとざしたと思うと、前よりも一層驚いたように年とった支那・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・「御心ならば、主よ、アグネスをも召し給え」 クララは軽くアグネスの額に接吻した。もう思い残す事はなかった。 ためらう事なくクララは部屋を出て、父母の寝室の前の板床に熱い接吻を残すと、戸を開けてバルコンに出た。手欄から下をすかして・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ここに出し給え。」 そういってその生徒は僕の前に大きく拡げた手をつき出しました。そういわれると僕はかえって心が落着いて、「そんなもの、僕持ってやしない。」と、ついでたらめをいってしまいました。そうすると三四人の友達と一緒に僕の側に来・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・見給え、二日経つと君はまた何処かの下宿にころがり込むから。B ふむ。おれは細君を持つまでは今の通りやるよ。きっとやってみせるよ。A 細君を持つまでか。可哀想に。しかし羨ましいね君の今のやり方は、実はずっと前からのおれの理想だよ。もう・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ と太く書生ぶって、「だから、気が済まないなら、預け給え。僕に、ね、僕は構わん。構わないけれど、唯立替えさして気が済まない、と言うんなら、その金子の出来るまで、僕が預かって置けば可うがしょう。さ、それで極った。……一ツ莞爾としてくれ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・「まアあがり給え」 そういって岡村は洋燈を手に持ったなり、あがりはなの座敷から、直ぐ隣の茶の間と云ったような狭い座敷へ予を案内した。予は意外な所へ引張り込まれて、落つきかねた心の不安が一層強く募る。尻の据りが頗る悪い。見れば食器を入・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・「まァ、死にそこねた身になって見給え。それも、大将とか、大佐とかいうものなら、立派な金鵄勲章をひけらかして、威張って澄ましてもおられよけど、ただの岡見伍長ではないか? こないな意気地なしになって、世の中に生きながらえとるくらいなら、いッ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・さあ、来給え、」と先きへ立って直ぐ二階の書斎へ案内した。「こないだは失敬した。君の名を知らんもんだからね、どんな容子の人だと訊くと、鞄を持ってる若い人だというので、(取次がその頃私が始終提げていた革の合切袋テッキリ寄附金勧誘と感違いして、何・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・人を議するが如くに議せられ、人を量るが如くに量らるるのである、其日に於て矜恤ある者は矜恤を以て審判かれ、残酷無慈悲なる者は容赦なく審判かるるのである、「我等に負債ある者を我等が免す如く我等の負債を免し給え」、恐るべき審判の日に於て矜恤ある者・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
出典:青空文庫