・・・この人達の、質実、素朴な生活の有様を、今から思い起すと、何となしになつかしい気がするばかりでなく、そこにのみ本当の生活があったような気さえされるのである。 もし、人々がすべてかくのごとく、自から耕し、自から織り、それによって生活すべく信・・・ 小川未明 「単純化は唯一の武器だ」
・・・この大変災を機会として、すべての人が根本に態度をあらためなおし、勤勉質実に合理的な生活をする習慣をかため上げなければならないと思います。 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・「春の絵巻」出版記念宴会の席上で、井伏氏が低い声で祝辞を述べる。「質実な作家が、質実な作家として認められることは、これは、大変なことで、」語尾が震えていた。 たまに、すこし書くのであるから、充分、考えて考えて書かなければなるまい。ナ・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・可憐な都会の小学児童まで動員してこの木枯しの街頭にボール箱を頸にかけての義捐金募集も悪くはないであろうが、文化的国民の同胞愛の表現はもう少し質実にもう少しこくのあるものであってもよいと思われる。肺炎になってしまってからの愛児の看護に骨を折る・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・天皇陛下は剛健質実、実に日本男児の標本たる御方である。「とこしへに民安かれと祈るなる吾代を守れ伊勢の大神」。その誠は天に逼るというべきもの。「取る棹の心長くも漕ぎ寄せん蘆間小舟さはりありとも」。国家の元首として、堅実の向上心は、三十一文字に・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・あさましさのあらわれているような風がなくなったことは或る気安さにちがいないのだけれど、私たちにはやっぱり、あの人たちがあの心と一緒に今はどんな装のなかにはいって歩いて、暮しているのだろうかと思われる。質実ということは大切なことだ。いつの時代・・・ 宮本百合子 「新しい美をつくる心」
・・・小学教師の煩悶、反逆を、野蛮な封建的絶対主義的抑圧と闘う労働者農民の立場に立って把握したならば、当然天使的な無邪気な子供というブルジョア的観念化からも救われ、佐田のイデオロギー的飛躍と実践とは、もっと質実な、納得のゆけるものとして描かれたで・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・実際に農村で子供たちがしているような服装をした子供の絵の方が、質実な思想を養うに有効である。」といった。 この説明は、実際の一面のみにふれている。插絵の変更の他の一面にはゴム靴の買えなくなった農村の子供とその親とにこの貧困の状態を普通の・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・ 明日の若い女性たちは、質実な理解で、はじめから今日の状態で職業というものはどういうものかということをちゃんと覚悟してかからなければならない。 シャロッテ・ブロンテというイギリスの女流作家の小説に「ジェーン・エーア」という作品がある・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・生活態度の質実はやがて製作態度をも質実にするだろう。製作態度の質実はやがて表現の簡素と充実とをもたらすだろう。 私は芸術的良心が生活態度の誠実でない人の心に栄えるとは思わない。四 フランスやイタリアの作家には饒舌が眼につ・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫